第7話 呪術による魂の循環
霧の谷に夜が落ち、三首庵の鐘楼は風に揺れる鈴の音だけを残していた。
カズヤとアイゼンハワードは、地下の石扉を押し開け、湿った土の匂いと腐朽した空気に包まれた。
そこには長年の時を経て黒ずんだ祭壇が置かれ、中央には三つ首の形をした朱塗りの石盤が血の跡を光に反射させていた。
「……これが、魂の祭壇か」
カズヤは息を飲む。
三つ首灯籠は祭壇の周囲に不自然に並び、微かに揺れる赤黒い光を放っている。アイゼンハワードは指先から薄い光を放ち、祭壇に触れた。
「封印が歪んでいる……この力は、ただの呪いではない」
彼の声は冷たく、重い。
階段の影から、久遠祐真が現れた。
黒髪を長く垂らし、白い僧衣を纏うその姿は、十年前に死亡したはずの人物とは思えないほど生気に満ちていた。
しかしその眼は青白く、魂の深淵を覗かせる。
「……久遠祐真」
カズヤの声が震える。
「あなたは十年前、死んだはずの」
「生き延びたのだ」
祐真の声は静かだが、耳を刺すように冷たい。
「私は霊天会の最初の信者。封印を操り、魂の入れ替えによって己を長らえさせた。元は侍として死を覚悟した男だが、今は死者と生者を繋ぐ存在となった」
祐真の指が祭壇を指すと、三つ首灯籠の中心が赤黒く揺れ、微かに呻き声のような音が地下に響く。
カズヤの目の前で、石盤の朱塗りが血のように光を帯び、壁の古い呪印が脈打った。
白石薫の調査によれば、三つ首灯籠は本来「魂封じ」の儀式具であった。
三つの首は「魂・肉体・記憶」を象徴し、それを封じることで災いの拡散を防ぐ。
しかし、祐真の手によって封印は逆に操作され、魂は呪いと化し、村全体を媒介として蘇ろうとしている。
「封印を解けば、死者は戻る……だが、帰るのはお前たちの知る死者ではない」
祐真の言葉は、恐怖の輪郭を村全体に広げた。
アイゼンハワードは祭壇の前で構え、薄い光で赤黒い霧を切る。
「封印を壊そうとする者の意思が、死者の形を借りて現れる……これは魂の入れ替え、呪術の正体だ」
カズヤは拳を握りしめた。
「……つまり、この村の惨劇は、祐真一人の力で生まれたものじゃない……村そのものが呪いの器なんだな」
低く唸る風の中、三つ首灯籠が完全に覚醒する前兆として、赤黒い光が祭壇の周囲を渦巻いた。
死者たちの怨念が地中から浮かび上がり、村を覆う。
祐真は微笑む。
「灰田カンナ、お前の力で、魂の循環きを始めるのだ」
その瞬間、地下の祭壇は生き物のように息づき、村全体が異界の地と化した。
呪術の正体、それは、魂の封印を逆手に取る力、入れ替えられた魂、そして村人たちの恐怖と信仰が織りなす、命と死の循環であった。
村の関係者
御影 知念
呪術寺「三首庵」の現住職。かつて新興宗教団体「霊天会」の教祖として全国から信者を集めたが、数年前に活動を停止。事件の第一発見者。村人や灯籠の伝承に深い知識を持つ。
御影 沙月
知念の娘で、村の図書館司書。穏やかだが、父の過去に複雑な感情を抱いている。事件の夜、寺の本堂近くで「三つ首灯籠が光った」と証言。
村崎 宗吾
村の古美術商。第2の犠牲者。寺の宝物庫から“灯籠の首飾り”を持ち出した直後に変死。
彼の死によって、灯籠の二つ目の首が赤く染まった。白石いわく、「彼は封印を“開けた”側の人間」。
警察関係者
山岡 俊介
村の駐在所勤務の巡査。都会から左遷されてきたが、カズヤのファンで協力的。臆病で、夜の寺には一人で入れない。第三の殺人で死亡。灯籠の儀式の犠牲者となる。
新藤 礼
県警捜査一課の警部補。理屈屋でカズヤとしばしば対立するが、正義感が強い。アイゼンハワードの存在を「オカルト的虚構」と決めつける。
白石 薫
民俗学者。村に古くから伝わる“灯籠呪法”の研究で滞在中。事件後、寺に残された奇妙な護符に強い関心を示す。知念とは旧知の仲。
灰田 カンナ(はいだ・かんな)
ジャーナリスト。失踪した姉がかつて「霊天会」に入信していた。事件の真相を追うため、村に潜入取材していた。感情的。
久遠 祐真
謎の僧侶風の男。事件現場に現れては意味深な言葉を残す。村人には「灯籠に封じられし三つの魂を解く者」と噂される。正体不明。