表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【45万2千PV突破 ! 全話 完結】運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:三つ首灯籠の呪術寺 宗教家殺人事件』
1058/1101

第6話 第三の殺人、そして封印の歪み

夜明け前の霧が、村全体を沈黙で覆っていた。

冷気が肌を刺す。その静寂の奥で、低く不吉な音が響いた。


ゴォン……ゴォン……


三首庵の鐘楼。

夜半を告げる鐘が、誰も鳴らしていないのに、ひとりでに鳴り続けていた。


駆けつけた村人たちの前に、ひとつの影が吊るされていた。

山岡巡査―、の村の見回りを続けていた青年警官。

彼の体は鐘の梁から逆さに吊るされ、首の下には、またしても赤い血文字が書かれていた。


「三つの首、そろいてひとつ。封ぜし魂、いま裂ける」


カズヤは息を詰め、鐘楼の下にしゃがみ込む。

地面には奇妙な焦げ跡があり、まるで誰かが火を使って“何か”を描いたようだった。

その模様は、灯籠の三つの首を中心に、村の地図と重なるように広がっている。


「……この場所が、封印の焦点か」


アイゼンハワードの低い声が霧の中に溶ける。

彼の瞳は妖しく光り、空間の歪みを視ていた。

空気が震え、微かな呻き声が耳に届く。

それはこの世のものではなかった。


「カズヤ。魂の境界が開き始めている。

この村と“あちら側”を分ける壁が、もはや保たれていない」


アイゼンハワードの背後に、淡い光の波が広がる。

それは魔族の“視界”魂の流れを視る力だった。

地中から、無数の白い手のような残留思念がゆらゆらと伸び、

村を取り巻くように蠢いていた。


「……三首灯籠が、封印を解いている?」

カズヤの声が震える。


そのとき、境内の奥で誰かの影が動いた。

黒い僧衣をまとい、鈴を携えた男――久遠祐真。


カズヤは息を呑んだ。

「……また、お前か。」


祐真は、いつものように静かに頭を垂れた。

その顔には汗も、怯えもない。

ただ淡々とした微笑を浮かべている。


「魂は還るべき場所へ還るだけ。

封印とは、人が恐れた“帰還”に過ぎません。

あなた方がそれを止めることは、できませんよ。」


風が鳴り、灯籠の三つ目の首が赤く輝いた。

同時に、地面の焦げ跡が燃え上がるように再び光を帯びる。


アイゼンハワードが叫ぶ。

「下がれ、カズヤ!」


その瞬間、鐘楼の屋根が崩れ、

まるで悲鳴のような鐘の音が夜空に響き渡った。


赤い光が空へ立ち昇り、

三首庵の境内全体が、まるで“別の空間”に飲み込まれるように歪む。


あの世との境界が、完全に開きつつある。


霧の向こうで、祐真の姿は静かに消えていた。

その場に残されたのは、血に濡れた経文の一片だけ。


「第三の封、解かれたり。」


カズヤは拳を握りしめ、呟いた。

「……この村の“神”は、まだ目を覚ましていない。

だが―何かが、動き始めている。」


霧が濃くなり、灯籠の赤が血のように滲む。

地面の下から、低い唸り声が響いた。


風ではない。生き物の声でもない。

まるで、地そのものが呻いているようだった。


アイゼンハワードはゆっくりと夜空を見上げ、

その眼に淡く青い光を宿した。


「……封印を解けば、死者は戻る。」

彼の声は冷たく、まるで呪文のようだった。


「だが、“戻る”とは、生き返ることではない。

この村は、すでに生者と死者の境を失いかけている。」


カズヤは息を詰めた。

夜明け前の空が、僅かに赤く染まる。

その色は朝焼けではなく、まるで血が滲むような色だった。


「……つまり、これから起こることは?」


アイゼンハワードは振り向かずに言った。

「この地に縫い留められた魂たちが帰ってくる。」


霧がざわめき、灯籠の炎がひときわ大きく揺れた。

赤光が鐘楼の壁に映り、亡者の影が一瞬だけ浮かび上がる。


カズヤの背筋を、冷たいものが這い上がった。

「……この村、本当に終わってるな。」


アイゼンハワードは静かに首を振った。

「終わりではない。これは“はじまり”だ。

 封印が破られた瞬間から、死者たちは、もう、此処にいる。」


その言葉と同時に、遠くで再び鐘の音が鳴った。

ゴォン……ゴォン……。

まるで、眠れる何かを呼び覚ますように。


村の関係者

御影 知念みかげ・ちねん

呪術寺「三首庵」の現住職。かつて新興宗教団体「霊天会」の教祖として全国から信者を集めたが、数年前に活動を停止。事件の第一発見者。村人や灯籠の伝承に深い知識を持つ。


御影 沙月みかげ・さつき

知念の娘で、村の図書館司書。穏やかだが、父の過去に複雑な感情を抱いている。事件の夜、寺の本堂近くで「三つ首灯籠が光った」と証言。


村崎 宗吾むらさき・そうご

村の古美術商。第2の犠牲者。寺の宝物庫から“灯籠の首飾り”を持ち出した直後に変死。

彼の死によって、灯籠の二つ目の首が赤く染まった。白石いわく、「彼は封印を“開けた”側の人間」。


警察関係者

山岡 俊介やまおか・しゅんすけ

村の駐在所勤務の巡査。都会から左遷されてきたが、カズヤのファンで協力的。臆病で、夜の寺には一人で入れない。第三の殺人で死亡。灯籠の儀式の犠牲者となる。


新藤 しんどう・れい

県警捜査一課の警部補。理屈屋でカズヤとしばしば対立するが、正義感が強い。アイゼンハワードの存在を「オカルト的虚構」と決めつける。


白石 しらいし・かおる

民俗学者。村に古くから伝わる“灯籠呪法”の研究で滞在中。事件後、寺に残された奇妙な護符に強い関心を示す。知念とは旧知の仲。


灰田 カンナ(はいだ・かんな)

ジャーナリスト。失踪した姉がかつて「霊天会」に入信していた。事件の真相を追うため、村に潜入取材していた。感情的。


久遠 祐真くおん・ゆうま

謎の僧侶風の男。事件現場に現れては意味深な言葉を残す。村人には「灯籠に封じられし三つの魂を解く者」と噂される。正体不明。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ