序章 三首院の伝承
山深き谷間、霧に包まれた灯籠村。
この村には古くから、人の魂を閉じ込める呪術の伝承があった。三つ首の灯籠は、夜ごと村の家々の軒先で揺れ、赤い光が谷を赤く染める。
「首を捧げる者、魂を守る者……」
そう囁くのは、村人の祖父母たちの声だ。代々、祭りの日には生贄を捧げる習わしがあり、夜になると子どもたちも震えながら耳を澄ませる。
古文書によれば、江戸の昔、武士の時代。
領主が村を治める前、谷に疫病が蔓延したとき、村人は三つ首灯籠に命を捧げることで禍を防いだという。
「一つ首は身を、二つ目は家を、三つ目は魂を鎮める」
生贄の首を灯籠の中に封じる儀式は、村の存亡を握る重要な習慣だった。
灯籠の赤い光は、死者と生者の境界線であり、時代を越えて呪いを伝える存在だった。
谷の奥に建つ古寺「三首院」は、その中心に鎮座していた。
漆喰は剥がれ、苔むした屋根は長い年月を語る。夜になると三つ首の灯籠が赤く灯り、まるで無数の眼が村を見下ろしているかのように不気味に揺れる。
現代、この寺は「真光明会」の拠点となり、観蓮上人が信者たちを導いていた。だが、古い伝承を知る村人たちは口々に囁く――
「灯籠の赤が三度揺れた夜、血を見ずに済む者はいない……」
ある夜、その言葉は現実となる。
本堂で、上人の首が切り落とされ、三つ首灯籠の前に置かれていたのだ。
赤い光に照らされた首は、生き物のように微かに揺れ、周囲の空気を震わせる。
村人たちは遠巻きに囁く。
「やはり来た……あの夜が……」
「三つの灯籠が告げるは、血の宿命……」
「いけにえの魂は、逃れられぬ……」
血で床に刻まれた文字は、警察の常識を拒んだ――
「三つの首、ひとつの魂」
杉の木々は微動だにせず、谷全体が静まり返る。
低い風の音の中、古い囁きが聞こえた。
「魂は……まだ、閉ざされてはいない……」
三つ首灯籠の赤い光が、村全体を呪いの深淵へと誘い、歴史を越えた血の伝承が静かに息づいていた。
そして、この夜、カズヤと魔族のおっさんアイゼンハワードが、村に降り立つ。