第9話 騎士と魔族とレオンの影
夜、郊外の高台に建つ氷室隼人の邸宅。
月の光が石造りの外壁を青白く照らしている。
静寂の中、風に揺れる鉄門の音だけが、不気味な拍子を刻んでいた。
アイゼンハワードの赤い瞳が、暗闇を貫く。
「……いる。まだこの屋敷に、如月レオンの魂が。」
カズヤは足を止めた。
「彼の魂が……まだ戦ってるって、どういう意味だ?」
「未練ではない。“誓い”だ。」
アイゼンの声は低く、どこか震えていた。
「彼はまだ、剣を握っている――真実という剣を。」
二人が書斎に踏み込むと、重厚な机の奥に古い外付けハードディスクが隠されていた。
氷室の私物、監視用のデータ記録装置。
埃を払い、カズヤが再生すると、
そこには衝撃的な映像が映し出された。
白銀アリーナの控室。
スーツ姿の八代宗一郎が、氷室に封筒を手渡している。
「例の件、処理は任せましたよ。あの男には“勝利の意味”を教えてやってください。」
氷室の声が応える。
「……了解しました、八代様。」
その瞬間、映像がノイズに包まれる。
次に映ったのは、別の人物がキーボードを叩く姿――
顔は見えないが、長い髪がかすかに揺れている。
「……改ざんされているな」
カズヤの指が止まる。
「最後の3分、上書きされてる。犯人はこの映像を“調整”してるんだ。」
アイゼンは周囲を見回す。
空気がわずかに震え、冷たい霊気が立ち込める。
「見えるか、カズヤ……」
書斎の奥に、淡い光が立ち上がる。
そこには、白いフェンシングウェアの男――如月レオンの霊がいた。
彼の唇が動く。
声にはならない。だが、アイゼンにははっきりと届いた。
「真犯人は……二重の騎士だ。」
「ダブル・ナイト……?」
カズヤが呟いた。
アイゼンは頷く。
「レオンは一人の騎士ではなかった。彼には“もう一人の誓約者”がいたんだ。」
その瞬間、外で雷鳴が轟き、邸宅全体が一瞬停電する。
再び照明が点いたとき、机の上のデータ装置が煙を上げていた。
「誰かが、遠隔でデータを消した……!」
アイゼンの瞳が闇に鋭く光る。
「この屋敷の中に、まだ“騎士”がいる。だがそれは人間じゃない。」
カズヤが振り返ると、廊下の奥に立つ黒い影が見えた。
フェンシングマスクをかぶり、折れたサーベルを手にしている。
「……まさか、レオンの“影”?」
影は無言で一歩踏み出した。
その足音は、まるで過去の罪を裁く審判のように重く響いた。
カズヤは拳を握りしめた。
「レオンは、まだ戦ってる……この事件の“最後の一手”を、俺たちに託して。」
“騎士”と“魔族”、そして“影”。
三つの存在が、いま同じ舞台に立とうとしていた。
如月レオン(被害者)
27歳。日本フェンシング王者。
協会の不正を暴こうとしていた理想主義者。
死の直前、「To the True Knight」という手紙を残す。
神宮寺メイ
レオンの婚約者で元選手。
事件当夜、彼と口論していた。心に秘密を抱えている。
氷室隼人
フェンシング協会理事でレオンの元師。
冷酷な勝利至上主義者。しかし殺人の動機が見つからず、どこか「芝居じみた潔白」を感じさせる。
橘リサ
スポーツ記者。協会の不正を追っていた。
取材メモを盗まれ、命を狙われる。
ヴィクトール・クラウス
ドイツ人コーチ。
「剣は魂を映す鏡」と語る哲学者肌。
魔剣伝説に詳しい。
東条カレン
協会広報担当。元ジュニアフェンシング選手。
明るく有能だが、レオンとは「過去に師弟関係にあった」と噂される。
事件後もなぜか冷静すぎる態度を見せる。
如月アオイ
レオンの妹。
兄を慕っていたが、兄の理想に人生を縛られていた。
取材の中でカズヤにだけ涙を見せる。
八代宗一郎
スポンサー企業「八代グループ」の御曹司。
フェンシング協会の最大の出資者。
穏やかで紳士的だが、レオンの死を「惜しい逸材でしたね」と冷たく評する。