第4話 消えた録画
白銀アリーナの照明が、深夜の闇にぼんやりと浮かんでいた。
観客の歓声も、剣の金属音も、今はもうない。
ただ、過去の記録だけが何者かの手で、静かに“書き換えられて”いた。
「……おかしいんだ」
カズヤはノートパソコンの画面を睨みつけながら言った。
「この監視映像、秒数が不自然にずれてる。途中で“別の映像”を上書きしてる跡がある」
画面には、フェンシングの練習映像。
だが、その動作パターンは異様に滑らかで、まるでAIが合成した映像のようだった。
「この部分……レオンが死亡した時刻と一致している」
カズヤの声が低くなる。
「偶然じゃない。誰かが“死の瞬間”を消したんだ」
そこへ現れたのは、氷室隼人。協会理事であり、レオンの元師匠。
黒のコートを羽織り、まるで剣士のような佇まいで。
「私がその時間に現場へ行ったのは事実だ」
氷室はゆっくりと語る。「彼のフォームを指導していた。死とは、関係ない」
「映像が消えているのは、偶然ですか?」
カズヤが問いかける。
氷室は淡々と笑った。
「偶然を疑うのは、探偵の職業病だな」
沈黙。
次の瞬間、アイゼンハワードがゆっくりと跪き、床の血痕に触れた。
指先から、淡い青光がにじむ。
「……この血、静かじゃない」
彼の瞳が闇色に染まる。
「偽りの潔白ほど、強い臭いはない」
空気がわずかに震えた。
霊の残滓が、幻のように形を成してゆく。
それは、レオンの影。――だが、剣を構えている相手の姿は“空白”だった。
「相手がいない……いや、消されたのか」
カズヤは息を呑む。
アイゼンがゆっくり立ち上がる。
「録画を上書きした者は、レオンの決闘の相手を“抹消”した。
そして――その行為を許可できるのは、協会の内部権限を持つ者のみだ」
そのとき、監視室の奥で警報が鳴った。
再生を試みていた映像データが、自動削除を開始したのだ。
「くそっ、誰かが遠隔で消してる!」
カズヤがキーボードを叩く。
「この削除コード、“H-7”……氷室理事の管理IDだ!」
氷室の表情が一瞬だけ揺らぐ。
「……馬鹿な。そんな権限、私は――」
アイゼンが静かに彼を見据える。
「あなたではない。だが、あなたの“名前”を使った者がいる」
その夜、消えた録画の中に、微かに一瞬だけ映り込んでいた。
鏡に反射した“もう一人のレオン”の姿が。
そしてアイゼンは低く呟く。
「この事件、鏡を覗くほどに……真実が歪んでいく。」
如月レオン(被害者)
27歳。日本フェンシング王者。
協会の不正を暴こうとしていた理想主義者。
死の直前、「To the True Knight」という手紙を残す。
神宮寺メイ
レオンの婚約者で元選手。
事件当夜、彼と口論していた。心に秘密を抱えている。
氷室隼人
フェンシング協会理事でレオンの元師。
冷酷な勝利至上主義者。しかし殺人の動機が見つからず、どこか「芝居じみた潔白」を感じさせる。
橘リサ
スポーツ記者。協会の不正を追っていた。
取材メモを盗まれ、命を狙われる。
ヴィクトール・クラウス
ドイツ人コーチ。
「剣は魂を映す鏡」と語る哲学者肌。
魔剣伝説に詳しい。
東条カレン
協会広報担当。元ジュニアフェンシング選手。
明るく有能だが、レオンとは「過去に師弟関係にあった」と噂される。
事件後もなぜか冷静すぎる態度を見せる。
如月アオイ
レオンの妹。
兄を慕っていたが、兄の理想に人生を縛られていた。
取材の中でカズヤにだけ涙を見せる。
八代宗一郎
スポンサー企業「八代グループ」の御曹司。
フェンシング協会の最大の出資者。
穏やかで紳士的だが、レオンの死を「惜しい逸材でしたね」と冷たく評する。