序章 絶対的王者
その姿は、まるで美しい白銀の彫像だった。
ライトの下、フェンシング・ピスト(試合台)の上に立つ男
如月レオン。
長い手足、無駄のない構え。
構えた瞬間、空気が変わる。
対峙する相手は皆、心臓の鼓動を制御できなくなる。
彼の剣は予告のない稲妻。防ぐより先に勝敗が決していた。
顔よし、頭よし、運動神経抜群。
海外留学を経て帰国し、語学も完璧。
取材ではいつも柔らかく微笑み、ファンへの対応も紳士的。
それでいて、フェンシングに関しては一切の妥協を許さない。
「勝利とは、礼節の上に立つものだ」
彼の言葉は、ただのスポーツ選手の発言ではなかった。
それは、“騎士道”を現代に蘇らせた男の信条だった。
剣を振るうとき、彼の動きは美しく、どこか悲しい。
観客はその姿を“華麗な舞”と呼び、ライバルたちは“理想の亡霊”と呼んだ。
勝ちすぎた王者。完璧すぎる男。
だが、彼自身の中では、いつしか「勝つこと」そのものが苦痛になっていた。
「僕は、誰のために勝っているんだろう――」
その疑問を抱いた瞬間、彼の運命の歯車は狂い始めた。
フェンシング協会の不正、スポンサーとの軋轢、
そして“剣の魂”に魅入られた者たち。
彼の理想は、現実を焼き尽くす火になった。
やがて、如月レオンは最後の試合を迎える。
勝敗のつかぬ“決闘”の果てに、白いピストを赤く染めて。
もう二度と、このような選手は現れない。
彼は唯一無二の存在だった。
誰よりも強く、誰よりも純粋で、そして誰よりも孤独だった。