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【45万PV突破 ! 全話 完結】運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:夜葬ホテルと十三階の幽霊』
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終章 記録に残らなかった生放送

雨上がりの午後。

都心の小さな喫茶店の窓辺に、

カズヤとアイゼンハワードの姿があった。


店内は薄暗く、流れるBGMも聞こえない。

ただ、遠くのテレビがノイズを走らせながら、

どこかのニュースを映している。


「……あれから一ヶ月か。」


カズヤが呟く。

コーヒーの表面に、照明が淡く揺れる。

あの夜、ホテル ルミナスの崩壊で、

現場で確認された宿泊者・従業員・関係者のうち、

計9名が行方不明。

彼らの記録・写真・戸籍情報の一部が欠損しており、

“存在していた証拠”が徐々にデータ上から消えつつある。


そして、あの“13階”も、記録上は存在しなかったことになっている。


「警察の報告じゃ、事故扱いだ。

建物の構造ミス、電気系統の暴走、証拠は全部焼けた。

……つまり、なにも残ってない。」

アイゼンハワードが静かに言う。


彼のノートパソコンの画面には、あの夜の配信記録が映っていた。

データは破損している。再生はできない。

ただファイル名の欄だけが、奇妙に光っている。


「LIVE_13F_LAST」


「残ってない、はずだったんだよな……」


カズヤが指でクリックすると、

画面が一瞬真っ黒になり、

スピーカーからノイズ混じりの声が流れた。


『……こちら、白石冴子……生放送を、再開します……』


二人は同時に息を止めた。


ノイズの向こうで、かすかに誰かの足音が聞こえる。

それは、廊下を歩く“何か”の音。

遠くでドアが開く音。

そして


『カズヤさん……そこにいるんでしょう?』


カズヤは椅子から立ち上がった。

店の照明が一瞬、点滅する。

店員も客もいない。

さっきまで満席だったはずの店内が、

いつの間にか、彼ら二人だけになっていた。


「……聞こえたか、アルおじ!」


「ああ。……だが、これは生放送じゃない。

もう“記録されていない”声だ。」


ノートPCの画面には、今も配信中のようなインジケーターが点滅している。

だが、ネットに接続はされていない。

通信記録も、サーバー履歴も存在しない。


まるで“この世界そのもの”が、放送されているかのように。


やがて、雨音が強くなる。

カズヤは小さく息を吐いた。


「幽霊を信じすぎた人間が、幽霊になってしまう。」


「……だが、まだ終わっちゃいない。

彼女は“最後のリスナー”を探しているのかもしれん。」


アイゼンハワードの言葉に、

カズヤは黙ってうなずく。


ノートパソコンの画面に、

再び“13”の数字がゆっくりと浮かび上がる。

その光が、ふたりの顔を照らした。


最後の音声が、再び流れる。


『次の放送は、あなたの部屋から。』


画面がブラックアウト。

ノートPCの電源が、完全に落ちた。


カズヤは静かに呟いた。


「……記録に残らないのは、記録する側が“もういない”から、か。」


外では、街の照明がひとつ、またひとつと消えていく。

まるで世界全体が、13階に飲み込まれていくかのように。



『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:夜葬ホテルと十三階の幽霊』





ー完ー




白石しらいし 冴子さえこ/ホテル支配人

ホテル崩壊当夜、最後にエレベーター内で目撃。

監視カメラ映像には、彼女が「13」のボタンを押し、

無表情のまま“誰かに会釈する”姿が残されていた。

それ以降、発見されていない。

ただし、廃墟から回収された音声ファイルに

彼女の声が繰り返し残っている。


「……チェックイン、完了しました。」


真壁まかべ 慶介けいすけ/怪談ライター

客室1207号室にて録音機を残したまま失踪。

テープには、人間の声帯構造では不可能な低周波音が重なっており、

最終部分には彼の声でこう呟かれていた。


「これが……十三階の声か……?」

ホテル崩壊後、彼の録音機のみが瓦礫の下から発見されたが、

内部データは何度消しても再生され続けるという。


桐谷きりたに れい/アイドル

十三階の旧宴会場で最後に姿を確認。

彼女のステージ衣装だけが整然と椅子の上に置かれており、

周囲の壁には無数の“手形”が残っていた。

事件後、妹の墓の前で「玲」と名乗る声が録音されている。


黒沼くろぬま 龍三りゅうぞう/夜警

深夜巡回中、無線で「――誰か、入った」と言い残し通信が途絶。

翌朝、彼の持っていた警備記録ノートが発見される。

最終ページには黒いインクで書かれた一文があった。


「名前を……取られるな。」


羽生 しずえ(はにゅう しずえ)/宿泊客

亡き夫との“会話”を続けていたとされる。

崩壊当夜、彼女の部屋にはふたり分の湯呑と、

一対の枕の跡が残っていた。

遺体は見つからず、

代わりに古びた結婚指輪がベッドの上に置かれていた。


「もう一度、いっしょに眠れるのね」と声が記録されている。


若宮わかみや とおる/都市伝説研究家

ホテル構造の“改竄された図面”を解析中に消失。

彼のパソコンにはファイル名「1313.jpg」が残っており、

開くと、モニター全体が“廊下の写真”に変化する。

ただし、その廊下は存在しない階数に繋がっている。


「削除されたのは部屋じゃない、“人”だ」――最後のメモ。


御堂 つかさ(みどう つかさ)/清掃員

人格の切り替わりが頻発していた。

崩壊当夜、防犯カメラに“二人の御堂”が同時に映る映像が残っている。

一人は笑い、一人は泣いていた。

瓦礫の中からは、彼の作業用ネームタグが二枚見つかった。

どちらにも同じ名前が刻まれていた。


葛原くずはら 美鈴みすず/精神科医

ホテル内で宿泊者のカウンセリングを担当。

事件前日、

「全員が同じ夢を見ている」と報告している。

最後に残したカルテの余白には、

震えた字でこう書かれていた。


「患者番号、全員が“13”」


神代かみしろ 一馬かずま/廃墟探索YouTuber

夜葬ホテル十三階への無断侵入を生配信。

配信の最終フレームには、

背後に立つ“もう一人の自分”が映り込んでいる。

視聴者のコメント欄には、

「カメラを止めて」「後ろ」と同じ書き込みが数千件。

配信サーバーには、

「LIVE_13F_LAST」というファイルだけが残された。


氷室ひむろ 夏生なつお/建築士(故人)

既に亡くなっていたはずの男。

だが、ホテル崩壊の直前、

防災センターのログに「氷室夏生」の入館記録が残る。

ホテルの設計図は、彼の署名で最終的に閉じられていた。


「設計とは、呪いの形だ」と記されている。

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