第2話 存在しない13階
ホテルのエレベーターは12階までしか表示されなかった。
番組スタッフは不安げに互いを見やり、最後の準備を整えている。
カズヤは、緊張と興奮が入り混じった表情で呟いた。
「本当に……この先に十三階があるんですかね」
アイゼンハワードは低く唸る。
「当然だ。ここは十三階――正式には存在しない階。だが、扉は確かに開く」
深夜0時ちょうど。
秒針の音が館内に響くその瞬間、液晶パネルに異様な数字が浮かんだ。
【13】
扉は無音で開き、現れたのはただの鏡張りの空間だった。
冷たい蛍光灯が壁を照らすと、無数の影がゆらゆらと揺れる。
カズヤは息をのむ。
「映ってる……けど、俺たちの影じゃない……」
御堂つかさが足元を見下ろす。
「影が……増えてますね。え、いや、気のせい……」
黒瀬カメラマンは小さく笑ったが、声は震えていた。
「十三階に泊まった者は二度と帰らぬ……って話、知ってます?」
美影ミナトが顔をしかめる。
「やめてください……そういうの、本番前に言わないで」
音声担当の佐伯ヒロトはマイクを手に不安そうに言う。
「このマイク、妙な音拾ってます……誰か、いるみたいです」
その時、廊下の奥からかすかなピアノの逆再生のような旋律が響いた。
羽生しずえは目を閉じ、亡き夫の名前を小さく呼ぶ。
「……あなた……ここで……会えるなんて……」
カズヤの視線が鏡に向かう。
そこには、赤く光る目のような影が、こちらをじっと見返している。
人の形をしているのに、どこかねじれて歪んでいる。
若宮透が取り出した図面を光にかざす。
「この部屋……設計図には存在しないはずの1313号室が、明確に残ってます……削除されているはずなのに」
桐谷玲は顔を背け、声を震わせる。
「……あの部屋……妹が……もう……入れません……」
背後で、黒沼龍三が低く警告する。
「そこに入った者は……名前を奪われる。覚えておけ……」
カズヤは拳を握る。
「……でも、これを撮らないと……真実を暴かないと」
そして、突然――
鏡の奥の影が、ゆらりと動いた。
その輪郭は、誰かの意思を持つかのように、こちらへ向かって伸びてくる。
白石冴子の冷たい声が、どこからともなく響いた。
「……十三階は、存在しないのよ……でも、今夜だけは、特別に招かれるの」
霧のような冷気が全員を包む。
影たちは鏡の中から這い出そうとしている。
廊下の明かりはちらつき、誰もが自分の影を失ったことに気づいた。
アイゼンハワードが低く唸る。
「……行くぞ、カズヤ。夜葬はまだ、終わっていない」
背筋に凍る感覚を覚えながら、カズヤたちは恐る恐る、十三階の深奥へ足を踏み入れた。
そして――扉の向こうから、逆再生のピアノと、無数の囁き声が交錯する音が聞こえてきた。
「……誰か……助けて……」
その声は、確かに生者のものではなかった。
13階の存在しないはずのホテルの階が、今まさに“彼らを迎え入れようとしている”。
ホテル関係者
白石 冴子(支配人):黒い喪服のような制服を着用、無表情。ホテル創業者の娘。十三階の存在を否定するが、鍵を握る深夜の支配者。
黒沼 龍三(夜警):寡黙で無愛想。十三階の存在を知る唯一の従業員。「名前を奪われる」と警告。
御堂 つかさ(清掃員):普段は明るく無邪気だが、時々別人格が現れる。掃除フロアでは影が増える噂。
葛原 美鈴(精神科医):ホテル顧問。宿泊客の怪奇現象を心理的症状と説明するが、自身も幻聴に悩む。
宿泊客/関係者
真壁 慶介(怪談ライター):取材中に十三階の声を録音し失踪。残されたレコーダーには謎の囁き声。
桐谷 玲(若手アイドル):怪談イベントのゲスト。過去にホテルで妹を亡くしておりトラウマを抱える。
羽生 しずえ(老婦人宿泊客):亡き夫の霊に会うため滞在。夜中に幽霊と会話する姿を目撃される。
神代 一馬(廃墟探索YouTuber):十三階に無断侵入して失踪。配信で「誰かが後ろにいる」とコメント。
調査者/関係者
若宮 透(都市伝説研究家):旧友のカズヤとともにホテル調査。建築図面に「削除された部屋番号1313」を発見。
氷室 夏生(故人建築士):ホテル創業時の建築士。図面に日付違いで署名が複数回あり、設計をやり直した理由が謎の核心。