第1話 招かれざる取材班
夜の山々を縫うように、一本の旧道を黒いバンが走っていた。
霧がヘッドライトの光を吸い込み、視界は白く濁っている。
カーナビは何度もフリーズし、やがて電子音とともに沈黙した。
助手席のカズヤが呟いた。
「……ほんとに電波、入らないんですね。ここ」
運転席の巨体――魔族のアイゼンハワードが低く唸る。
「当然だ。山の中腹に立つ廃ホテルだぞ。
人も電波も寄りつかぬ場所というわけだ」
目的地は、“ホテル・ルミナス”。
十年前の惨劇十三人の宿泊客が一夜で命を落とした、
あの「夜葬事件」の現場だった。
いま、心霊番組『真夜中ミステリア』が、
そのホテルを舞台に生中継特番を敢行しようとしている。
番組の名物ディレクター・矢代啓介は言った。
「ここで“本物の幽霊映像”を撮れたら、視聴率は間違いない!」
そして呼ばれたのが、
“怪奇現象の科学的検証役”としてのカズヤとアイゼンハワードだった。
後部座席では、番組スタッフが緊張した笑いを交わしていた。
カメラマンの黒瀬が乾いた冗談を言う。
「十三階に泊まった者は二度と帰らぬ……って噂、知ってます?」
「やめてくださいよ……そういうの、本番前に言わないで」
アシスタントの美影ミナトが顔をしかめる。
アイゼンハワードが短く息を吐いた。
「“夜葬”とは、本来“夜に行う葬儀”を意味する。
月明かりの下、遺体を静かに見送る風習だ。……縁起でもない名だな」
その声には、どこか遠い過去を知る者の響きがあった。
カズヤが小声でつぶやく。
「でも――もし本当に“誰かが葬られてる”ホテルだとしたら、
今夜、俺たちはその“葬列”に迷い込むことになるのかもしれませんね」
バンが最後のカーブを曲がったとき、
霧の向こうにそれは現れた。
巨大な影が、闇の中で静かにそびえている。
黒ずんだ外壁、割れた窓、風に揺れるカーテン。
屋上のネオンサインには、今もかすかに灯が残っていた。
「HOTEL LUMINUS」
だが最後の文字だけ、欠けている。
“LUMINUS”の“S”が落ち、
代わりに血のような錆の筋が垂れていた。
それはまるでこう告げているかのようだった。
HOTEL LUMINU(死)
カズヤは息をのんだ。
アイゼンハワードの紅い瞳が、
夜霧の奥でゆっくりと光を宿す。
「行くぞ、カズヤ。このホテルの夜葬は、まだ終わっていない」
ホテル関係者
白石 冴子(支配人):黒い喪服のような制服を着用、無表情。ホテル創業者の娘。十三階の存在を否定するが、鍵を握る深夜の支配者。
黒沼 龍三(夜警):寡黙で無愛想。十三階の存在を知る唯一の従業員。「名前を奪われる」と警告。
御堂 つかさ(清掃員):普段は明るく無邪気だが、時々別人格が現れる。掃除フロアでは影が増える噂。
葛原 美鈴(精神科医):ホテル顧問。宿泊客の怪奇現象を心理的症状と説明するが、自身も幻聴に悩む。
宿泊客/関係者
真壁 慶介(怪談ライター):取材中に十三階の声を録音し失踪。残されたレコーダーには謎の囁き声。
桐谷 玲(若手アイドル):怪談イベントのゲスト。過去にホテルで妹を亡くしておりトラウマを抱える。
羽生 しずえ(老婦人宿泊客):亡き夫の霊に会うため滞在。夜中に幽霊と会話する姿を目撃される。
神代 一馬(廃墟探索YouTuber):十三階に無断侵入して失踪。配信で「誰かが後ろにいる」とコメント。
調査者/関係者
若宮 透(都市伝説研究家):旧友のカズヤとともにホテル調査。建築図面に「削除された部屋番号1313」を発見。
氷室 夏生(故人建築士):ホテル創業時の建築士。図面に日付違いで署名が複数回あり、設計をやり直した理由が謎の核心。