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第8話 管理人の遺言

夜の目黒川は、雨に濡れて光を帯びていた。


その川面を映すように、リバーサイド大河原の一室。

管理人室の蛍光灯が、時折、ちらりと明滅している。


今永辰夫の私物が整理されていく中、カズヤは机の奥で小さな黒いICレコーダーを見つけた。

埃をかぶったままのそれには、白いテープで「規制記録・最終」とだけ書かれていた。


「……再生してみるか」

アイゼンハワードが腕を組み、無言で頷く。


再生ボタンを押すと、雑音混じりのノイズが流れた。

やがて、今永の掠れた声が響く。


「……私は正しかった。住人を管理することは、この建物を守ることだ。

だが、“規制虫”などと呼ばれるほどに……私は、何を守ってきた?」


その後、長い沈黙。

そして、ゆっくりとした呼吸音のあと――別の声が混じった。


「……いいか、今永。監視はお前の仕事じゃない。

規制する者を……規制せよ。」


その声を聞いた瞬間、カズヤは息を呑んだ。

「この声……!」


アイゼンハワードが録音を巻き戻し、再度再生する。

低く、腹の底から響くような声。確かにそれは、大河原修のものだった。


「余計な詮索はするな。ルールは俺が作る。お前は従え。

これはマンションの“秩序”のためだ。」


録音の最後、何かが床に倒れる音、そしてドアの閉まる音が記録されていた。

ノイズの向こうから、今永の小さな呟きが聞こえる。


「……誰が、俺を見ている?」


再生が止まり、室内は沈黙に包まれた。

カズヤはレコーダーを見つめたまま、低く呟く。

「“規制する者を規制せよ”……つまり、今永は監視の頂点に立っていたつもりが、

 実はもっと上に“管理者”がいたってことか。」


アイゼンハワードは壁の一点を見据えた。

そこには、今永の部屋に不自然に取り付けられた小型カメラが、赤い点滅を繰り返していた。


「……今も見ている。誰かがな。」


雨の音が強くなる。

蛍光灯がまた一度、明滅し、今永の机の上の“管理規約”の一文が照らされた。


『この建物における監視は、管理権限者がその上位権限者の指示に従うものとする。』


“上位権限者”その正体は、まだ闇の中。

だが確かなことが一つあった。


今永は、自分が作った檻の中で、最も深く“監視される側”になっていたのだ。


カズヤは窓の外を見やり、静かに言った。

「アイゼン、規制虫は死んだ。でも……虫を操っていた奴は、まだこの建物にいる。」


その時、外の非常灯がチカッと点滅した。

まるで誰かが、その言葉を聞いて笑ったかのように。


今永辰夫(いまなが たつお・58)

 リバーサイド大河原の管理人。極端な規制好き。被害者。


岡田涼子(おかだ りょうこ・42)

 シングルマザー。管理人とたびたび対立していた。息子を守るため過剰防衛気味。


東条健二(とうじょう けんじ・37)

 不動産管理会社の担当。冷徹で無表情。実は今永を“ある理由で”監視していた。


大河原修(おおかわら おさむ・65)

 マンションのオーナー。住民たちの苦情を無視していた。裏で脱税疑惑あり。


南田薫(みなみだ かおる・28)

 YouTuberの住民。規制に反発して“監視カメラを逆に撮る動画”を投稿していた。


田所章(たどころ あきら・50)

 清掃員。今永の古い知人。事件前日、口論する姿を目撃されている。


三好梨花(みよし りか・31)

 シェアハウスとして違法に部屋を貸していた住人。秘密の副業がある。


日下部礼司(くさかべ れいじ・45)

 マンション理事長。几帳面で正義感が強いが、極端なルール主義者。


白鳥舞子(しらとり まいこ・26)

 夜勤の看護師。ゴミ出しの朝、最初に死体を発見した人物。記憶に“抜け落ち”がある。


川村俊介(かわむら しゅんすけ・33)

 外部の配送員。事件当夜、マンションに入っていたが記録が残っていない謎の人物。



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