第5話 管理会社の闇
管理会社「セントラル・エステート」の会議室は、無機質な蛍光灯の下で息を潜めていた。
東条健二は、冷えたコーヒーを指で転がしながら、壁際のファイル棚を睨んでいた。そこには“今永規制虫”の名がついた報告書が並んでいる。
「……スパイ、だと?」
カズヤが呟いた。
机の上に置かれた封筒。中から出てきたのは、監視カメラの設置指示書と、不動産オーナー・大河原修の署名だった。
だが。その指示書には、東条の名も連なっていた。
アイゼンハワードが静かに言う。
「つまり、管理会社が“住民を監視していた”ということだな。しかし今永も、その監視をさらに監視していた……」
東条は目を細め、わずかに笑った。
「今永は、こちら側の“協力者”のはずだったんですよ。彼は報告していた。“不審な住人の動き”をね」
「不審な住人……とは?」
「南田、岡田、それに三好だ。あのマンションには“隠したい者たち”が多すぎた」
ファイルを開くと、住民ごとの報告メモが並んでいる。
その多くに、赤ペンで「録画済」「証拠保全」の印。
だが奇妙なことに、今永の最後の報告だけが破り取られていた。
沈黙の中、カズヤが気づく。
「……この印字。誰かが“外部から”データを書き換えている」
「つまり、管理会社のサーバーにも“侵入者”がいるということか」
アイゼンハワードの声が低く響いた。
東条の顔から血の気が引いた。
「まさか……“本当の監視者”が、俺たちを……?」
その瞬間、会議室の照明が一斉に落ちた。
非常灯の赤い光が、壁の一点――監視カメラのレンズを照らした。
アイゼンハワードが目を細めた。
「……やはり、このビルにも仕掛けられていたか」
モニターの奥で、誰かがこちらを見ている。
その“誰か”の正体を知る者は、もうこの部屋にはいなかった。
そして、暗闇の中で大河原の低い声が録音から流れ出す。
『監視を止めるな。あれは、税務より恐ろしい“もの”を見張っている』
カズヤとアイゼンハワードは無言で顔を見合わせた。
“税務より恐ろしいもの”それは一体、何を意味するのか。
遠くのモニターに、一瞬だけ、ノイズ混じりの映像が浮かんだ。
夜のマンション前に立つ黒い影。
そして、その影を撮る、もう一つのカメラのレンズ。
監視する者と監視される者。
その境界は、とうに消えていた。
今永辰夫(いまなが たつお・58)
リバーサイド大河原の管理人。極端な規制好き。被害者。
岡田涼子(おかだ りょうこ・42)
シングルマザー。管理人とたびたび対立していた。息子を守るため過剰防衛気味。
東条健二(とうじょう けんじ・37)
不動産管理会社の担当。冷徹で無表情。実は今永を“ある理由で”監視していた。
大河原修(おおかわら おさむ・65)
マンションのオーナー。住民たちの苦情を無視していた。裏で脱税疑惑あり。
南田薫(みなみだ かおる・28)
YouTuberの住民。規制に反発して“監視カメラを逆に撮る動画”を投稿していた。
田所章(たどころ あきら・50)
清掃員。今永の古い知人。事件前日、口論する姿を目撃されている。
三好梨花(みよし りか・31)
シェアハウスとして違法に部屋を貸していた住人。秘密の副業がある。
日下部礼司(くさかべ れいじ・45)
マンション理事長。几帳面で正義感が強いが、極端なルール主義者。
白鳥舞子(しらとり まいこ・26)
夜勤の看護師。ゴミ出しの朝、最初に死体を発見した人物。記憶に“抜け落ち”がある。
川村俊介(かわむら しゅんすけ・33)
外部の配送員。事件当夜、マンションに入っていたが記録が残っていない謎の人物。