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第3話 密告と沈黙

リバーサイド大河原の夜は、不気味な静けさに包まれていた。

川面を照らす街灯の光が、ガラス張りの廊下にゆらゆらと揺れる。

それはまるで、見えない誰かの視線のようだった。


事件発覚から三日。

マンション内では、住人同士の関係が急速に崩壊していた。


誰かが、匿名で送ってくる“規制メール”。

差出人不明のメールには、住人の行動が克明に記されている。


「岡田涼子の部屋に、未成年の男子が夜出入りしている」

「三好梨花が違法に部屋を貸している証拠あり」

「理事長・日下部が管理費を私的流用している」


送信元は不明。だが、すべての文末には、同じ文言が添えられていた。


『規約を守らぬ者に安寧なし。』


管理室の机に散らばるプリントアウトを見つめながら、カズヤは眉をひそめた。

「誰かが、住民同士を互いに疑わせようとしている……。まるで、監視網そのものを“生き物”にしたようだ」


アイゼンハワードは端末を操作しながら、低く応じた。

「メールの送信経路は完全に匿名化されている。

しかし、一部に“リバーサイド内のWi-Fi網”から送られた痕跡がある。

つまり犯人は、この建物の中にいる。」


冷たい沈黙。

外では風が鳴り、どこかで鉄の扉が微かに軋んだ。


その夜、YouTuberの南田薫が警察に駆け込んだ。

彼は震える指でタブレットを差し出した。


「見てくれ……昨日、俺のチャンネルに“自動投稿”されてた動画だ。

 俺が上げた覚えはない。勝手に上がってたんだ」


画面に映っていたのは、事件前に彼が撮影した“規制虫ドキュメンタリー”の未公開映像。

エレベーターホールの防犯カメラを逆撮りしているシーンその奥の鏡面ガラスに、一瞬、影が映っていた。


それは、今永辰夫の姿によく似ていた。

しかし、事件当日の夜以降、彼はすでに“死亡”しているはずだった。


カズヤは映像をコマ送りにし、目を細めた。

「……違う。顔の輪郭が微妙に違う。これは――」


「“もう一人の今永”だな」

 アイゼンハワードが呟いた。


映像の奥に映る“影の今永”は、無表情のまま防犯カメラを取り外している。

その背後の壁には、新しいレンズがひとつ埋め込まれていた。


一方、住民たちは不安と怒りを募らせていた。

岡田涼子は涙を流しながら言った。

「もうやめてほしい……! 誰が誰を見てるのか、もうわからないのよ!」


理事長の日下部は拳を震わせながら叫んだ。

「監視は秩序のためだ! 誰かが私たちのルールを守らせているんだ!」


しかしその瞬間、彼のスマホに“新たなメール”が届く。


「あなたも、規約を破った。」


顔面から血の気が引いていく。


夜更け。

カズヤとアイゼンは屋上へ向かった。

風に混じって、かすかな電子音“録画再生のノイズ”が聞こえる。


そこにあったのは、古びた監視モニター。

電源が落ちているはずのそれが、微かに点滅していた。


画面の中、暗い廊下を歩く人影。

カズヤが目を凝らした瞬間、アイゼンが短く息を呑んだ。


「……見ろ、あれは――」


画面の中で振り返ったのは、確かに今永辰夫。

だがその顔は、どこか歪んでいた。

まるで“誰かが彼に成り代わった”かのように。


その瞬間、画面が暗転し、ノイズが走った。

残されたのは、一行の文字。


『監視は終わらない。』


カズヤは静かに呟いた。

「密告、沈黙、そして偽りの今永……。

 この建物そのものが、人間の罪を映す“鏡”になっている」


アイゼンハワードは護符を懐に収め、夜風を見上げた。

「この監視の巣に棲む“真の目”そろそろ、こちらを見ているかもしれん。」


そして、屋上の暗闇で赤い小さな光が点滅した。

それは、誰も知らない新たなカメラの起動ランプだった。


今永辰夫(いまなが たつお・58)

 リバーサイド大河原の管理人。極端な規制好き。被害者。


岡田涼子(おかだ りょうこ・42)

 シングルマザー。管理人とたびたび対立していた。息子を守るため過剰防衛気味。


東条健二(とうじょう けんじ・37)

 不動産管理会社の担当。冷徹で無表情。実は今永を“ある理由で”監視していた。


大河原修(おおかわら おさむ・65)

 マンションのオーナー。住民たちの苦情を無視していた。裏で脱税疑惑あり。


南田薫(みなみだ かおる・28)

 YouTuberの住民。規制に反発して“監視カメラを逆に撮る動画”を投稿していた。


田所章(たどころ あきら・50)

 清掃員。今永の古い知人。事件前日、口論する姿を目撃されている。


三好梨花(みよし りか・31)

 シェアハウスとして違法に部屋を貸していた住人。秘密の副業がある。


日下部礼司(くさかべ れいじ・45)

 マンション理事長。几帳面で正義感が強いが、極端なルール主義者。


白鳥舞子(しらとり まいこ・26)

 夜勤の看護師。ゴミ出しの朝、最初に死体を発見した人物。記憶に“抜け落ち”がある。


川村俊介(かわむら しゅんすけ・33)

 外部の配送員。事件当夜、マンションに入っていたが記録が残っていない謎の人物。

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