第10話 館の主
夜の森に漂う不気味な静寂の中、勇者アルベルトは女装したまま、ゆっくりと館の門の前に立った。館の外観は西洋風の豪奢な造りだが、どこか異様な雰囲気が漂っている。震える手で門に取り付けられた古びた鈴を鳴らすと、鈍い音が闇に響いた。
――ギィィィ……。
扉がゆっくりと開いた。その先に現れたのは、生気のない爺やだった。背筋が丸まり、深く刻まれた皺に隠れた目は、何も映していないかのように虚ろだった。
「……いらっしゃいませ」
ひび割れた声が沈んだ響きを持つ。アルベルトは一瞬躊躇したが、作戦を遂行するため、か細い声で答えた。
「あ、あの……森で道に迷ってしまいました……。助けていただけませんか?」
爺やは無言のまま、ゆっくりと館の中へと手を差し向ける。アルベルトは深く礼をして中へと足を踏み入れた。
館の内部は異様なまでに整然としていた。壁には数々の西洋絵画が飾られ、煌びやかな骨董品が並ぶ。だが、それらの美しさとは裏腹に、どこか不気味な寒気が漂っている。そして何よりも異様だったのは、左右に整列するメイドたちだった。
彼女たちは顔色が異様に白く、まるで蝋人形のようだった。誰一人として瞬きをせず、じっとアルベルトを見つめている。その視線に背筋が凍る。
そして、中央にそびえる螺旋階段。その上から、紫色の豪華なドレスを纏った貴婦人がゆっくりと降りてきた。
「まあ……なんてかわいらしいお嬢さん……」
声は甘く、だがどこか冷たさを帯びていた。鋭い目つきの美しい女性。その肌には一点の曇りもなく、白磁のような美しさを保っている。
「あなた、お気の毒に。こんな恐ろしい森で迷子になってしまうなんて……。今晩は遅いですし、この屋敷でゆっくりお休みなさいな。明日になったら、私が森の外まで送り届けて差し上げますわ」
アルベルトは慎重に言葉を選び、淑女らしく振る舞おうと努めた。
「あ、ありがとうございます……。本当に助かります……」
貴婦人、毒牙の美魔女セリーネは優雅に微笑んだ。
「ふふ……どういたしまして、綺麗なお嬢さん」
蝋人形のようなメイドが無言で近寄り、アルベルトをゲストルームへと案内する。背後でセリーネの視線を感じながら、アルベルトは静かに歩を進めた。
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一方その頃、館の裏手。
リスクとシスターマリア、そしてグリードは、暗闇の中、館の食糧庫へと忍び込んでいた。村の情報によると、この中に捕らえられた女性たちが監禁されているという。
「……よし、誰もいねえな。行くぞ」
グリードが盗賊の手際で鍵を外し、扉を押し開けた。
食糧庫の中は湿った空気が充満し、かび臭い。奥には薄暗い灯りが点り、そこには怯えた瞳の村の娘たちが縄で拘束されていた。
「大丈夫か!」
リスクは急いでナイフを取り出し、縄を斬る。村の娘たちは震えながらも、ようやく助けが来たことに安堵の表情を浮かべた。
だが、その中の一人が震える声で言った。
「……セリーネは、蜘蛛女です……! そして……双子の姉妹なんです……!」
「な、なんだって!?」
リスクの背筋に冷たいものが走る。
その瞬間、外からグリードの叫び声が響いた。
「ぐああああっ!!」
慌ててリスクとシスターマリアが食糧庫を飛び出すと、そこには悶え苦しむグリードの姿があった。その身体には、ドロドロと溶けるような酸液が滴っていた。
酸液によりグリードの防御力は著しく低下して防御力が11から防御力-12となった。
「……あらあら、大ネズミが食糧庫に入っていたのね。大変だわ駆除しないと」
艶やかな声が響いた。
リスクとシスターマリアの前に現れたのは、人間の上半身に巨大な蜘蛛の足を持つ恐ろしい怪物だった。
その美しい顔立ちはセリーネと瓜二つ。しかし、その瞳には邪悪な光が宿っていた。
「私は双子の妹のナターシャ……。ここから先は、通さないわ」
毒々しい唇が笑みを浮かべる。
「くそっ……双子だと事前に知っていれば勇者を一人にしなかったのに!」
リスクは戦慄した。そんな情報は村では聞いてはいない。1人の勇者アルベルトがピンチだ。
「さあ……覚悟はよろしくて?」
その瞬間、ナターシャの巨大な蜘蛛の八本の足が床を激しく打ち鳴らした!