第1話 予期せぬ使命と旅立ち
勇者候補生として養成学校に入学してから、リスクは、幼馴染のアルベルトと共に剣術、武道、魔法、そして勉学に励んできた。アルベルトは、まさに勇者になるべくして生まれたような男だった。剣を握れば天才的な腕前を見せ、魔法の適性も高く、武術に至っては教師をも凌ぐほど。まさに完璧な勇者候補だった。
一方で俺は、何をやってもダメだった。
毎日、朝から晩まで必死に訓練し、努力を重ねても、俺の成長は奇妙なものだった。剣を振っても、魔法を覚えようとしても、ステータスが上がるのは「運」と「賢さ」ばかり。賢さといっても、商人向けのスキルしか手に入らない。
値切り交渉、脅しのテクニック、客との距離を縮める話術……戦闘には何の役にも立たないものばかり。
「なあ、アルベルト。俺って何のためにいるんだろうな……?」
訓練後の夕暮れ、俺はぽつりと呟いた。汗を拭いながら隣を見ると、アルベルトは驚いた顔をしていた。
「何言ってんだよ、リスク。お前はお前なりに頑張ってるじゃないか。」
「頑張ってるだけじゃダメなんだよ。お前は努力すればするほど強くなる。俺は、いくらやっても戦えない。勇者養成学校にいるのに、戦うことすらできないんだぜ?」
アルベルトは困ったように眉をひそめた。こいつは、俺のことを見下したり、馬鹿にしたりすることはない。昔から変わらず、ただの幼馴染として接してくれる。だからこそ、余計に俺は惨めだった。
「……まあ、仕方ないか。俺は多分、武器屋か道具屋にでもなるんだろうな。」
自嘲気味に笑うと、アルベルトは何か言いたそうな顔をしたが、結局、何も言わなかった。
そして、十六歳。
ついに、勇者が正式に選ばれる日が来た。
結果は、当然のようにアルベルトだった。王国中が祝福ムードに包まれ、国王自ら彼に勇者の証である紋章を授ける儀式が執り行われた。盛大な見送りの式典。民衆の歓声。英雄として旅立つアルベルト。
「勇者アルベルト様! どうかこの王国をお守りください!」
「アルベルト様、私たちの希望です!」
町の人々が集まり、王国の広場は歓声に包まれていた。アルベルトの出発を祝い、人々は涙しながらその勇姿を見送っている。
王宮からは立派な白銀の鎧と、白銀の剣が授けられ、彼の前には壮大な冒険が待っていた。
「行ってこいよ、アルベルト!」
「おう! 俺は必ず魔王を討つ! 待ってろよ、世界!」
アルベルトは、国中の人々の歓声を浴びながら旅立った。
「……俺には、あんな未来は永遠に、来ることはないんだよな」
もう覚悟は決めていた。自分の人生はずーと王国内に居て、いつか勇者が魔王討伐した伝説の話を聞くのだと。
俺は、それを遠巻きに眺めていた。
「これで俺の未来も決まったな。」
アルベルトの眩しさを目に焼き付けながら、俺は自分の未来を受け入れた。きっと俺は、武器屋か道具屋の店主になるんだろう。
戦えない俺には、それくらいしかできることがない。
そう、覚悟を決めたはずだった。
しかし、翌日。
俺は、なぜか王宮に呼び出された。
何事かと緊張しながら謁見の間に足を踏み入れると、玉座に座る王が厳かな声で告げた。
「リスクよ。お前には、勇者アルベルトの物資補給係を命じる。」
……は?
頭が真っ白になった。物資補給係?つまり、旅についていくってことか?俺が?
俺の困惑をよそに、周囲の大臣や騎士たちは当然のように話を進めていく。
「勇者が長い旅をするには、信頼できる補給係が必要不可欠。幼馴染のお前なら最適だろう。」
「補給係としての役割は、宿の手配や交渉、必要な物資の補充、情報収集など多岐にわたる。おぬしの賢さのステータスを活かせば、大いに役立つはずだ。」
「では、勇者アルベルトと共に旅立つ準備をせよ。」
いやいやいや、待て待て待て!
俺は勇者でもないし、戦士ですらない。戦えない俺が、モンスターだらけの勇者の旅についていくなんて、正気の沙汰じゃない!
そう叫びたかったが、すでに話は決まってしまっていた。
そして、弱すぎる俺は物資補給係としてアルベルトの旅に同行することになった。
そんな俺の行く末を、ひっそりと見守る者がいた。
シスターマリア。
養成学校の礼拝堂で働く、控えめな修道女。彼女は、俺とアルベルトが幼い頃から面倒を見てくれた存在だった。いつも遠くから俺たちを見守り、必要最低限の言葉しか交わさない。俺に対しても、決して積極的に話しかけることはない。
だが、この時ばかりは、マリアは密かに思っていた。
(リスクさん、ひとりで大丈夫でしょうか……)
何かを決意したように、彼女は静かに旅支度を始めるのだった。