舟歌
お酒はたしなむ程度。
お酒は付き合う程度。
その線引きはどこから存在するのだろう。
「今日は酔いたい気分なんです・・・」
そう思うしかない僕の相手をしてくれたのは、4歳年上の加藤先輩だった。
かれこれ1時間以上同じ話をしているらしのだが、
すでに壊れかかっている僕の頭の中では、
同じ事を繰り返している認識なんて全く無い。
普段は温厚誠実がスーツを着ていると言われている先輩が、
「・・・あの時はイラっときた」
と後日僕につぶやいた。
僕は酒にはめっぽう弱く、自分から飲みに行こうなんて感覚は持ち合わせてはいない。
考えてみれば、生まれて初めて酒が飲みたいと思ったのかもしれない。
加藤先輩は、うちの事務所でも酒豪と知られた兵だ。
いくら飲んでも乱れない。
一晩でバーボン3本空にしたとか、
日本酒は2升までいけるとか、
桁外れの伝説を持つ先輩。
正直僕の悩みを聞いてくれるのに適切だったのか。
そんなことまで考える余裕は無かった。
一刻も早く「王様の耳はロバの耳」と叫びたい心境なのだ。
「結局柴田くんは諦めたの?」
おいしい訳がない話を肴にして飲んでいた先輩が、僕の目を見て口を開く。
「諦めたって、それ以外方法があるんですか」
「あるさ、選択は無限にある。ただ、可能性の問題だ」
酒を飲んで、適当にあしらっている。
先輩にそんな表情の欠片も無い。
「君が信じる道が答えであって、どれを選ぼうとも全てが正解だ」
「・・・先輩」
不思議と涙があふれる瞬間ってあるのだと気がついた。
悲しいからなのか。
うれしいからなのか。
理由はまだ解っていないのだけれども。
「可能性がある限り諦めないって事でいいですよね」
涙を流しながらも、ようやく言葉が生まれてきた。
「そう思うならそれが正解。ただ、俺から言わせれば苦しい道のりだな」
グラスを傾ける視線は鋭くもあり優しくもあり。
この先輩に僕の心の内を話せたことが、こんなに幸運な事だったのかと、
暫しついさっきまでの絶望を忘れてしまう。
なんてダンディな男なんだろう、先輩って人は。
「・・・けれども、俺だったら迷わず別な方法を選んでいるがなぁ」
「・・・えっ?」
「待つ人生はつまらないじゃない・・・」
「愛とは・・・」
「愛とは???」
「奪うものだから」
・・・この人が酒に強いのは、自分に酔っているからなのだと、
まもなく気がつく事になった。
「愛とは奪うもの」
その一言で、僕は奈落にまた落ちてしまう。