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09.


怪我をしたのは致命的だった。

レイはシーツを包帯状にし、しっかり結んだ上で洋服で隠した。アルフレッドへの秘密事が更に増えてしまった。

元々、アルフレッドはレイの嘘には聡い。

レイもまた、家族に秘密事をするのは慣れていない。


だからこれは必然の結果だった。


「姉さん。いい加減にしてくれ。俺に隠し事をするなんてあり得ない」


アルフレッドは鋭い瞳をレイに向けた。

レイは、ランスロットの存在がバレてしまったのかと肩が震えた。


怒りを感じる。

手を伸ばすアルフレッドに、咄嗟に顔を覆うと、その腕をガッシリと掴まれた。

掴まれた部分が、傷口で。

痛みでレイの顔が歪む。

その反応を、アルフレッドが見逃すはずがなかった。


「姉さん、まさか」

「アル」


掴まれた腕の袖口を捲られる。包帯でグルグルに巻かれた腕を凝視された。

所々に赤い血が滲んでいて、怪我をしているのは明白だった。言い逃れはできない。


「これ、外すよ」


包帯を解かれ、あらわれた傷口をしっかり見られる。血は止まっているが、明らかに鋭利な物で切られた傷痕だった。


「なぜ、こんな怪我を…」

「ごめん、うっかり」

「うっかり?何を言っているの?姉さんには治癒魔法が効かないのに…なんてことを」


アルフレッドは腕を壊れ物を触るように優しく撫でた。この世の終わりのような顔をしている。

まだ、レイが魔法に拒否反応があると知らなかった頃、アルフレッドのかけた魔法で数日生死を彷徨った。その時も、レイ以上にアルフレッドの心に傷を付けてしまった。


「アル、ごめん。そんな顔をしないで」


ランスロットと同じくらいの動揺っぷりだ。

だが魔法で治さなくても、人間の免疫力は普通にある。いずれ治るものだと、本人はさほど気にしていなかった。


「姉さん、どうしてこんな怪我をしたの?なにでこんなことになったの?排除するから教えて」

「いや、つい、その」


レイは焦った。

本当の事など言えないが、隠す事に気を取られ誤魔化せるような良い言い訳を考えていなかったのだ。


切り口を見られれば、この部屋にある物での怪我とは言えない。


「何黙ってるの?教えて?こんな傷をつくるような鋭い刃物は無いはずだ。もしかして、隠し事はコレ?まさかココから出ようと何かしていたの?」


アルフレッドの顔がどんどん怒りを増す。

掴まれた腕から逃げられない。

視線が彷徨うだけで、レイは何も言えなかった。何を口にしても言い訳と誤魔化しにしかならない。それはアルフレッドを余計に怒らせると知っていたから。


「姉さんが最近何か隠してるのは知っている。だけれどね、姉さんはここを出てはいけないよ。特に今はダメだ。俺は姉さんを守っているのに、どうして分かってくれないんだ!」

「アル」

「外にはね、姉さんを襲う奴らがいっぱいいる。俺はね、姉さんが大切だから、ここに閉じ込めているんだよ。もう少しで決着がつく、俺は姉さんを失いたく無い。なのに、何故この安全な部屋で姉さんが傷付くんだ。オカシイ。どうして、どうして?」


半狂乱になって縋り付く。レイは動揺したが、アルフレッドの話の内容にも冷静に疑問を感じていた。


今がダメなのは何故?

もう少しで決着がつくって何?


レイの知り得る情報では不足すぎて、正しい答えは導き出せない。


「落ち着いてアル。こんな怪我、大したことない」

「大したことない?姉さんは何も分かっていないね。あぁ、痛々しい。こんな綺麗な肌に傷を付けて。治癒魔法が使えないから、どうしたって傷跡は残るじゃないか。今まで傷一つなかったのに、何でこんな怪我を。すぐに傷薬を買ってきてあげるからね。だけれどまずは、姉さんにはお仕置きが必要だ」


アルフレッドの瞳の色が変わった。

怒りがピークに達して冷静ではない。レイの言葉は何一つ聞いてもらえない。

レイは怖くなった。

無意識にアルフレッドと距離を取る。

この狭い空間で逃げられる距離など限られていると知りながらも、後退りする足を止められなかった。


「アル、そんな怖い顔をしないで」

「言ったでしょう?逃げないで姉さん。俺を拒否することは許さない」


いつも以上に威圧を感じる。アルフレッドは手に魔法陣を描いた。唱えた魔法陣は鋼鉄の錬成。手には硬くて重い手錠が現れる。


「姉さんに自由は必要なかったね。この腕も足も、この部屋でさえ怪我をするならば、自由になんかしてあげない。鎖で繋ごう。いや、それとも手足を硬化して動かなくしてあげようか」

「何を、」


何を言っている。

耳を疑った。

恐ろしい事を平然と言う。


何故そこまで奪われなければいけないのか。

この狭い世界で、十七年間も囚われて、更に手足の自由まで奪おうというのか。

そんなの、人間の尊厳などない。

家畜も同然ではないか。


思考が追いつかないのに、溢れる感情が止まらない。

これ以上なにを奪う。


「自由…なんて」


レイは涙が滲んだ。

視界が揺らぐ。

頬に温かいものが流れ、取り留めもなく濡らす。


悔しかった。

初めて、人生で悔しいと思った。

弟からされる仕打ちが許せないと思った。

我慢していたのだと気づいた。

長い間、我慢していた。

ひた隠しにしていた感情に気付いてしまった。

気付いてしまったのだ。


「今までだって、私に自由なんて無かったじゃないか!!!」



そう叫んだ瞬間。

後ろの壁から爆音が響いた。


キィィィイ!!


鳴き声で地響きがする。その声は高く空に響き渡った。

塔の壁はその生き物によって破壊される。

地響きと共に、崩れ落ちる壁。

そして、冷静なランスロットの声が部屋に響いた。


「やっと来ましたか相棒」


崩れた壁の隙間から見えた白い鱗。風圧に目を瞑る。

視界が開けた時、そこには大きな白龍が姿を現した。


「な、何故、龍がここに」


アルフレッドは信じられないと言うように、その光景を見ていた。

壁は大きく崩れ落ち、部屋は屋根ごと無くなった。

白龍の尾は尚も塔を叩き割る。巨大な龍を前に、塔に掛けられた魔法は無力と化した。

レイは瞳の先に、初めて大きな空を見た。

今まで小窓からしか見れなかった空。

広くて青い空が。

光が。

目に染みて、気付けば取り留めなく涙が溢れた。


「レイ様、行きましょう」


ランスロットは手を伸ばす。

レイはその青い空に吸い込まれるように、手を取った。

白龍は二人を背中に乗せると、再び甲高い声で鳴いた。

それは遠くに何かを伝えているようでもあった。


「うそだ、…」


アルフレッドは我に返って、レイを追いかける。だが、時はすでに遅かった。

大きな翼は一振りで、はるか上空まで飛び立った。


「嘘だ、姉さん!姉さん!姉さん!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!」


手を伸ばしても届かない位置にいるレイをひたすら呼ぶ。

伸ばした掌は何度も空を虚しくかく。

悲痛な叫び声は、何度も姉を呼んだ。


「行かないで姉さん!!!嫌だ!嫌だぁぁぁぁぁぁああ!!」


アルフレッドの声は、空の彼方にかき消され、レイの耳には入らなかった。

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