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07.

 ランスロットは扉から一番離れた場所に隠れるように眠る。

初めの数日間は一つしかない布団の譲り合い、同じベッドに入る入らないの押し問答をしていたが、一緒に寝て朝にアルフレッドに発見されるリスクを理論的に並べられレイは折れた。

だが、竜族の能力を考えれば、アルフレッドが100メートル先にいても気配で分かるのではないかと、レイは思っている。

小さな部屋なので、移動距離は限られている。横になった気配を感じて、レイは「おやすみ」と言った。返ってきた返事に顔がどうしようもなく緩む。

誰かにおやすみと言って眠る日が来るなんて、数ヶ月前の自分には考えられなかった。

一日中、会話する相手がいる事、側に誰かがいる事がレイにとって、悶えるほど嬉しくて毎日布団の中に頭を埋めて身体を抱きしめながら湧き上がる衝動を抑える。

楽しい嬉しい幸せ。

それを隠しきれなかったのだろう。

いつものように朝に訪れたアルフレッドは、違和感を口にした。


「姉さん、何か隠してる?」

「え?」


レイはしまった、と思いながらも平常心を忘れなかった。心の中で一つ深呼吸をする。


「隠すって何を?」

「…俺の気のせいかな?姉さん、最近妙に嬉しそうだから。まさか、この部屋から出ようとだなんて思ってないよね?」

「部屋から出られるのが嬉しいなんて、私が思うと思ってるの?」

「そうだよね。分かってるじゃないか。この部屋しか、姉さんにとって安全な場所はないのだから。だけれど隠し事はあるのでしょう?どうして、そんなに纏う空気が幸せそうなの?何が姉さんをそんな顔にしたの?」

「顔?」

「顔が緩みっぱなしだ。気に食わない。俺以外に姉さんにそんな顔をさせるのは何?あ、この間の本が良くなかったのかな?貴重な本だったものね。姉さんには贅沢過ぎた。これは与えるべきじゃなかった」


アルフレッドは、テーブルの本を手に取る。先日持ってきた書籍だ。アルフレッドはそれを躊躇わず一瞬にして炭にした

レイは思わず駆け寄る。


「なに、してるの!この本は世界に数冊しかない貴重な」

「煩いな。姉さんが執着するのも気に食わない。燃やして正解だよ、こんな本」


空気がピリピリする。

やはり最近のアルフレッドの様子はおかしい。情緒が不安定過ぎる。


「どうしたの。最近変なのはアルの方だ。何かあったのか?」

「俺が変だって?」

「怒ったり悲しそうにしたり。情緒がおかしい。卒業試験が近いから気が立っているのか?父上の仕事の手伝いが大変なのか?私に何か手伝えることは」

「そうやって、外の事を知りたいの?駄目だよ姉さん。そうだよね、俺は甘過ぎた。本を与えたり、こうやって世間話をし過ぎたんだ。姉さんはそうやって俺をうまく使って知らない間に外の情報を仕入れていたんだね。あぁ、駄目だ。ここ以外の事を知ってはいけない。ここが見つかってはいけないんだから」

「アル?」

「やっぱり駄目だ。こんなんじゃ。すぐに見つかってしまう。もっと強力な魔法をかけよう」


独り言のように呟き、アルフレッドは呪文を唱え始めた。

レイは驚いた。

これは駄目なやつだ。


「アル、やめて!」


レイの静止はきかず、アルフレッドから光が放たれ部屋一面に飛び放った。

壁が魔法で光り輝き、やがておさまる頃にはこの塔全体に更なる強化魔法がかけられたと悟った。

目的を果たしたアルフレッドは、レイに向かってニッコリ微笑む。


「これで姉さんは、ここを出られない。ずっと一生ここにいるのだから」

「…分かってる」


そんな事は小さな時から知っている。

塔の魔法を強化して、アルフレッドが安心するならそれでいい。

レイの髪をサラサラと撫でて、アルフレッドは去っていった。


暫くして、大きく息を吐く。

アルフレッドが出ていった扉を触ると、ピリっと電流のようなものが流れた。外だけでなく、内側からもかなりの強い魔法がかけられたようだ。

レイにここを出る意思は無い。

だが困った。


「どうしよう。ランスをここから出すのが、より大変になってしまった…」


天を仰ぐ。すると、視界に入った現実に目を見開いた。

先程の魔法のせいで、唯一の小窓も姿を消していたのだ。

小窓からの僅かな光や、風の音が、この閉鎖空間のたった一つの希望だったのに。

レイはぐしゃりと顔を歪めて顔を覆った。


「アレはレイ様にそんな顔をさせるのですね」

「…」


いつの間にか背中に立つランスロットの温もりに、悲しみがわずかに解けていく。

悲しんでいてはいけない。大変なのはランスロットなのだから。


「塔の魔法が強化されてしまった。どうしよう。ランスをここから出す術が私には分からない」


天窓にたどり着けるだけの魔力は溜まる寸前だった。ランスロットを出してあげるのは寂しいけれど自分の使命だと思っていた。だが、出口は無くなってしまった。この扉は、レイに突破できる魔法ではない。

外の住人を閉じ込めてしまった。

ここから出してあげられない。

レイは申し訳なくて目頭が熱くなる。


「ランス、ごめんなさい。私が考えもなしにこの部屋に入れてしまったが為に、ランスの自由を奪ってしまった。もっと早く魔力が回復していれば…いや、私がアルを怒らせなければ、こんなことには」

「レイ様、落ち着いてください」

「ごめん、ごめんなさい。どうしよう。私取り返しのつかないことを」

「レイ様」


腕が伸び、背中から抱きしめられた。

混乱と動揺を受け止めるように力強く。


「大丈夫ですよ。大丈夫ですから。レイ様は何も心配することはありません」

「だけど」

「私よりも貴女が心配です。こんなに細く華奢な身体で、陽の光も浴びず、生まれてから一度だって自由がない。私はレイ様と共にここを出る術を見つけたい。一緒に外の世界へ行きませんか?」


ランスロットの優しい声に気持ちが落ち着き始めたレイだが、言葉の内容を反芻して意味を理解して後ろを振り向く。何を言われたのか分かっていても、何故ランスロットがそんな事を言うのか分からなかった。

レイにとって外に出ることは死を意味する。

存在を知られたら処刑されると、幼少時から教えらている。愛されているから隔離されている。自由と引き換えに命を守られているのだ。

だが、ランスロットは何を言っているのだろう。この世で必要ない不吉な存在の自分を外に出し、晒し者にし、見つからないように一生逃げ続けろというのか。


レイにとって、ランスロットの言葉は、自分に死ねと言われていることと同等の意味だった。


そうか、仲良くなったと喜んでいたのは私だけだったのだな。


スンと心の奥底が冷えた。

肩に置かれたランスロットの手をゆっくりと下す。


「レイ様…?」


ランスロットは戸惑い、レイの顔を覗き込んだ。だが、今の情けない顔を見られたくなくて、レイは顔を背けて再度扉の前に向かう。


内側からは決して開かない扉。


「外との繋がりはこの扉だけになってしまった。だがランスロットはここから絶対出してあげるから安心して。ちゃんと考える。大丈夫だ」

「レイ様」

「すぐに出してあげる。短い付き合いだ。もう少しこの部屋にいるのを我慢してくれ」


レイは表情筋をありったけ働かせて、ニッコリと微笑んだ。


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