63. 終
愛を確かめ合い、ようやく結ばれた二人を、アルフレッドは無言で見つめていた。
悔しいという気持ちも無かった。
アルフレッドの中にあるのは、虚無感のみ。
(長い間一緒にいたけれど、俺に向かって攻撃魔法を放ったのは初めてだって気付いてる?姉さん)
形は歪だけれども、レイとアルフレッドは互いに大切に想い合い、仲の良い姉弟だった。
どんなに我儘を言っても、最後には優しく受けとめてくれた。
(でも、はっきりと拒絶されてしまったな)
あんなにも嫌がられた時点で、アルフレッドはこれ以上踏み込んではいけないと嫌でも気付いてしまった。それでも無理強いすれば最後には受け入れてくれると思った。嫌がる姉を見て、それでも想いを貫き通せばいいと思ったのだ。
だけれど、違った。
あんなにも幸せそうに微笑むレイを、アルフレッドは初めて見た。
長年一緒にいても、今まで一度も見たことのない幸福に満ちた笑顔。
自分が与えてあげるはずだったレイの幸せは、あの竜族がいとも簡単に与えてしまった。
(ずるいなぁ)
敵わないと思った。
姉を守る為にがむしゃらに生きてきた人生だった。いつ国に見つかり処刑されてもおかしくなかった。この17年間に後悔は無い。だけれど守ることは出来ても幸せにはしてあげられなかった。
(そんな顔もできるんだね。初めて見たよ姉さん)
虚無感は消えないけれど、アルフレッドの中に一つの答えが出た。
開放してあげるのは自分の方だ、と。
◇◇
その日は晴天。
国一番の祭典は、華々しく開催された。国中が歓喜に湧き、街をあげて朝から盛大な催しで賑わっている。
教会のある大広間までの大通りは、カラフルな草花と装飾で絢爛豪華に彩られ、主役は馬車に乗りパレードが行われた。
花嫁と花婿は、幸せそうに手を取り国民に手を振っている。
「美しいね、ミリア様もジェームズ殿下も」
「馬子にも衣装ですね」
「素直に綺麗だと言え」
「レイ様が兄上に見惚れているのが悪いのです」
隣でむくれるランスロットに、レイは納得した。
なるほど、朝から二人を褒めてばかりだったから、機嫌が悪かったのだな。
レイは最近になりやっと恋人の嫉妬深さを知った。
ネコの皮を何重にも被っていたせいで、ランスロットがこんなにも感情豊かで我儘な部分があるとは気付かなかった。
「レイ様の方が数倍美しくて、見惚れてしまいます。その衣装、とてもお似合いですよ」
「主役はあっちだ、あっち。殿下の人生一度の晴れ舞台だ。ちゃんと見ろ」
自分に顔を向けるランスロットの頬を掴んで、パレード方向に目線を向けさせる。
ランスロットはクスクスと笑いながら、兄と幼馴染の晴れ舞台を眺めた。
ランスロットと気持ちを通わせたあの日。
レイは城にまた戻るよう誘われた。
その時になって初めて我に返り、アルフレッドの目の前で愛を囁いていた事に羞恥した。
茹で蛸状態のレイを前に、アルフレッドは呆れた顔で手を振った。
『さすがに、姉さんとそいつのイチャイチャを見るのは御免だよ』
アルフレッドは憑き物が落ちたように、あっけらかんと言い放ち、レイだけを城へ帰した。
自分は絶対行かないと頑なに拒否して、森での生活を続けている。
転移魔法でいつでも会いに行けるから心配はしていないが、最近は森での生活を楽しんでいるようで、妖精族とも打ち解けていた。
逞しい弟の姿に、レイは新しいアルフレッドを見た気がした。
ランスロットはあの後、酷く凛々しい形相でリオウに会いに行き、小説の中でみた『娘さんを俺にください』をやってのけた。
リオウは即答で『断る!』と言い放ち、数時間の押し問答をしたが結局リオウの許諾は得られていない。
それでも諦めずにリオウの元に通うランスロットの姿は、今では城内の誰もが知る風物詩となった。
「レイ様、そろそろ御支度を」
手を差し伸べられ、教会の高台に誘われる。
大広間に集まった国民の視線が、現れた神子に集まる。
わぁぁ、と歓声が響く。
淡い水色の衣装を身に纏い、艶やかな漆黒の髪を靡かせ微笑むその姿に、歓声は次第に止み、国民は言葉を失って魅入っていた。
民の気持ちとは裏腹に、内心ど緊張のレイは、足がガタガタ震えていたが、ランスロットが横に立ち手を握ってくれて冷静さを取り戻した。
オスカーの合図に一つ頷いて、空に手を掲げ、魔法陣を描く。
神々しい光がレイを包み込んだ。
やがて完成した魔法陣を手に、レイは微笑みを浮かべた。
「ジェームズ殿下とミリア姫に、ご祝福を」
祝いの言葉と共に、空に向かって光が放たれる。
パァン
大きな花火が、大空を彩った。空一面に咲いた花火に、国民は目を奪われる。
キラキラと落ちてゆく火の粉は、花びらに姿を変え、空からひらひらと舞い落ちる。花吹雪の美しさに、ジェームズ殿下とミリア姫も言葉も忘れて空を見上げる。
花びらは地面に落ちると、青く輝き水面のように弾けて消えた。
この世の物とは思えない夢のように美しく儚い幻想。
後に『あれほど美しいものは見たことがない』と語り継がれる、レイの祝福の魔法だった。
密かに計画していた催しが成功して満足したレイは、興奮したままランスロットに向き合った。
「どう!綺麗だった?」
「え、えぇ…」
ランスロットは夢見心地で目がチカチカした。今までに見た事のない絶景。この幻想を生み出した張本人は、これよりも遥かに美しく笑っている。ランスロットは万感胸に迫る思いで耐えきれずに破顔した。
「レイ様は…本当に愛おしくて敵いませんね」
「へ」
催しの感想を求めたのに、思わぬ自分への称賛にレイは固まった。フェイントで甘いマスクを向けないで欲しい。
最近のランスロットはタガが外れたように思ったことをすぐ口にする。素直な賛美や愛の言葉攻撃に耐性が無くて、レイはギクシャクしながら前を向き直る。ぷすぷすと頭から湯気が出て赤面した。
「だから主役はあっちだ」
レイの祝福を合図にリオウが天から舞い降りた。
手を取り合いジェームズ殿下とミリア姫は龍神の前で永遠の愛を誓う。
幼い頃から婚約はしていたが戦争が長引き婚姻が結べなかった。今こうして結婚式が挙げられたのは平和の象徴なのだ。
幸せのお裾分けで、レイの胸はいっぱいになる。拍手が鳴り止まない祝福の中で、ランスロットはレイの手を取った。
片足を立て跪いて騎士道の敬礼の形をとると、左手の甲にキスを落とす。
「私も…いつかここでレイ様に永遠の愛を誓います。だから、この指は私の為に空けておいて下さいね」
唇はレイの薬指に触れた。その意味が分からずキョトンとする。
「薬指がどうしたんだ?」
「……」
「す、すまない、重要な事なんだな。オスカー様に聞いてみ」
「待ってください!オスカー殿だけには聞かないでください!」
必死に静止され、レイは諦めた。
だが、ランスロットの反応をみて、やはり大切な約束事なのだと、後でこっそりリオウに聞こうとレイは思った。
この国の事も、ランスロットへの感情も、まだまだ初心者だ。
「世界は広くて、私は知らない事ばかりだ」
「そうですね。世界は広く、進んでいくものです。毎日が新しく移り変わるのだから知らなくて当然です」
ランスロットの言葉がストンと胸に落ちる。
『何かを知るたびに、姉さんが危ない目にあうなんてたまったもんじゃない』
とアルフレッドは答えたけれど、相手に求めたのはそれでは無い。
レイにとって必要な言葉をくれるのは、いつもランスロットだ。
「私はこれから起こる沢山の知らない事をランスと一緒に見てみたい。共に生きて、未来を歩んでいきたい」
「ふふ…それは楽しみですね」
ランスロットは蕩けた顔で微笑する。レイは再び胸がキュッとして思わずランスロットの胸に飛び込んだ。
空には明るい太陽が輝き、二人を照らしていた。
この国において、漆黒は黒龍の神子とされ崇められている。
忌み子と呼ばれた漆黒の神子は、愛する人の腕の中で、今もこれからも、過保護に囚われている。
end.
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