62.
「なんで…ランスがここに」
「レイ様の命が脅かされたと、龍神様が…」
先程のツルガミサマの件がキッカケでリオウは森にかけた加護を解いた。
(そして軽くキレた)
それにより竜族はレイの居場所をようやく察知できたのだ。
龍に飛び乗り急いで森にやってきたランスロットは、さらにレイから放たれた魔法に気付き、勢いよく家の中に押し入った。
久しぶりに聞こえたレイの声に安堵したのも束の間、内容を理解してランスロットは石像のごとく硬直した。
甘く蕩けた涙で頬を濡らし、レイは確かに『ランスロットが好きだ』と言った。
耳を疑った。
と同時に歓喜で身が震えた。
「レイ様、今のは本当ですか…?」
だが、レイにとってはそれどころではない。
本人に聞かれてしまったことに加え、隠していた恋心を知られた羞恥心でキャパオーバーだ。脳内が沸騰して爆発する。
「な、なんでランスがここに居るんだ!出て行け!」
「レ、レイ様!?」
「ち、違う!今のは違う!私はランスなんか…ランスなんか…」
そこまで口にしたのに、最後の否定の言葉が出なくて、レイは唇を噛んだ。
ぐにっと、口が歪む。好きではないと伝える事が、こんなにも辛い事だとは。
引き離そうとする力が弱まったのを見計らい、ランスロットは距離を縮める。
逃がさんとばかりに、レイの腕を掴んだ。
「レイ様、なぜ私を避けるのですか。なぜ何も言わずに城を出てしまったのです?私は貴方と共に生きたいと言いました。レイ様も頷いてくれたのに、あれは嘘だったのですか?」
問いかけに答えられず、レイは更に唇を噛んだ。
嘘な訳ない。
レイにとって人生で一番嬉しかったあの言葉を、忘れるわけがない。
ランスロットが側にいて、これから先の未来を一緒に歩めたら、どんなに幸せか。
心からランスロットを求めて夢見てしまったけれど、それは叶わないと首を振る。
「だって…ランスは私をこの国に連れてきて、使命を終えて、戦争も終わって、私はもう用無しじゃないか…」
レイは口を押さえても、本音がポロポロと溢れ出す。
もう止まらなかった。
「ランスは結婚して新しい人生があって…そこに私は必要ないんだろ?私よりもミリア様が大事だと、言ったじゃないか。だから、邪魔しちゃいけないって…離れなきゃって!」
「レイ様!」
「やめて!勘違いする。これ以上、優しくしないてくれ…!」
聞きたくないと駄々を捏ねるレイの手を掴んで、ランスロットはハッキリと言った。
「なんで今ミリアの名が出てくるのですか?」
「え」
予想外の言葉に、レイは呆気に取られる。
何を言っているんだ。
と、お互いハテナを頭に掲げている。
コテリと首を傾けた。
一時の静寂の後、レイは震える声で問うた。
「だってランスとミリア様はもうすぐ結婚するんじゃ…」
「はい?なんでそんな話になっているのですか?!待ってください!ミリアは兄上の婚約者です!」
「え」
レイは目を皿にした。
驚愕のあまり言葉を失う。
(どういうことだ?だってミリア様はランスの婚約者だとロキが言って…)
レイは混乱した頭で、ロキの言葉を思い返した。
中庭で話す二人を指差して、ロキはミリアを紹介した。
『殿下の婚約者のミリア様です』と。
レイは激しい勘違いに気付いた。
殿下と言われランスロットばかりを思い浮かべていたが、この国には“殿下”と呼ばれる人が二人いる事を。
ランスロットもようやく、今まで様子のおかしかったレイの態度に合点がいく。
「ミリアと兄上は、幼少期から決められた婚約でとても仲が良く、ようやく婚姻の儀を迎えられ、私も少しはしゃいでしまいましたが…まさかレイ様が勘違いしていたとは」
「だ、だって…ランスは私よりミリア様が大事だって、ミリア様を抱きしめてそう言ってた!」
「え?抱きしめて?そんなわけ……あぁ!あの痴話喧嘩の時ですか。あれは兄上とレイ様が文通しているのが悪いのです!兄上は忙しいと言ってミリアとの時間を取らないくせに、レイ様への手紙を書く時間はとるので、『レイ様と私どっちが大事なのか』と珍しく喧嘩したらしく、私に愚痴をこぼしに来たのです。もちろん『兄上はレイ様よりミリアを大事にしている』と慰めましたが、まさかレイ様に見られていたとは」
あの時は、ランスロットもレイとの文通を妬んでいた一人だったので、ミリアに加勢してジェームズ殿下を打ち負かし、仲を取り持った。白熱した記憶を思い出す。
「勘違い…」
レイは羞恥で顔が茹で蛸のようになった。
湯気が出そうなほど赤い顔で、それでもランスロットが誰のものでも無いことに喜びを感じていた。
「レイ様…私は少しは自惚れてもいいのでしょうか?」
今まで、恋愛に疎いと思っていたレイが、自分を意識し赤面している。目の前の存在があまりに可愛すぎて、ランスロットは身悶えた。
そして、今回の事で思い知った。
何も伝えず、ただ側に居たいなど傲慢だ。
大切に思っていても、レイとの関係に名前が無ければ、こんなにも簡単に消えてしまうのだと。
憎きアルフレッドにさえ、血縁関係という強い絆があるのだから、ランスロットは、それ以上を求めてしまう。
「レイ様が好きです。愛しています」
ランスロットはレイの手を取った。
黒龍の神子を自分に縛りつけてはいけないと思っていた。
だが、ランスロットが欲しいのはレイ自身なのだ。
「皆の神子様じゃなくて…どうか、私だけのレイ様になってください」
祈るような、哀願のような、優しく熱い告白。
ランスロットの言葉がキラキラと星屑のようにレイの心を満たしていく。意味を理解して涙が滲んだ。
「そうか…ランスは…私が好きなのか」
好きでいいのか。諦めなくていいのか。
目の前の愛おしい存在を、自分のものにしてもいいのか。
レイの中で誰にも渡したくないという独占欲が初めて生まれた。
キラキラ輝くこの金髪も、何者にも屈しない豪腕な肉体も、優しい温かいこの手も、自分を見つめるエメラルドの瞳も。
すべて、自分のもの。
誰にも渡したくない。
離さないとばかりに、レイはランスロットを抱きしめた。
力一杯に背中に腕をまわす。
「私も、ランスを愛している」




