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61.

顔に落ちた雫に、レイは言葉を失った。

片手で目を覆い、アルフレッドは唇を歪める。やがて声を出して笑いだす。


「ふははは。変わっちゃったなぁ姉さんは」


感情が読めない、何か諦めたような声だった。


「何も出来なくて、俺がいなきゃ生きていけなかった姉さんは、あんなに可愛かったのに」


レイは嫌な予感がして、ベッドを後退る。だが、すぐに背中は壁に当たった。

強張る身体に反して、力が全く入らない。

アルフレッドはもう片手でレイの腕を掴むと、ベッドに押し付けた。


「もう守られる柔な存在じゃないって?そうか。じゃあ、強くなった姉さん。俺の手を振り解いてみてよ。この細い腕で、俺から抗ってみせてよ」


上から押さえつけられ、力を入れてもビクともしない。体格差は一目瞭然だ。力で敵う訳がない。子供のような僅かな抵抗に、アルフレッドは乾いた空気を漏らして嘲笑う。


「はは、それで抵抗しているつもり?魔力を持たない俺にさえも、姉さんは何もできないじゃないか」


見下した冷ややかな言葉。レイは目を見開いて奥歯を噛み締めた。

唇が細かく震える。

怖いと思った。

思い返せば塔にいた時も時折、レイをまるで我が物のように扱う時があった。

二人だけの狭い世界で感じてはいけないと、誤魔化していたアルフレッドへの恐怖心を今はっきりと感じている。


「やめて…アル」


力で捩じ伏せられ、抵抗もできない。

共に生きたい、一緒に歩きたいと伝えた途端に、弱者と強者を突きつけられたようで、レイは怖くて悔しかった。

服の中に手が差し込まれる。

ハッとして、身を捻って抵抗するが、アルフレッドの動きは止まらない。


「逃げないで、嫌だ、俺を拒絶しないで。大好き。愛してるよ姉さん。俺だけのものになって。お願い、お願いだから」

「っ…」


唇に触れた柔らかいものは、レイの口を割り入れた。呼吸と共に開いた隙間を、アルフレッドの舌が塞ぐ。逃げる舌を追いかけて、より深く唇を貪られた。


(なんでなんでなんで)


追いつかない感情に、レイは混乱する。

このままでは冗談で済まされない。

経験のないレイでも、これは危険だと分かる。

今まで大切にしていた姉弟の壁を、壊そうとでも言うのか。


苦しくて息を吸うたびに、荒い呼吸と唾液の音が耳に入ってくる。アルフレッドの熱を帯びた吐息が、睫毛が触れる距離にある。耳元を指でなぞられ、全身がぞわりと震えた。


「いや…だ」

「なんで?あの龍騎士には許しているくせに。俺のことは拒絶するの?」


ランスロットの事を言われて、目を見開いた。

レイは隠していた感情を見透かされていると知った。

かぁぁと顔が真っ赤に染まる。


「隠してたつもり?バレバレだよ姉さん。可愛いなぁ。恋する姉さんも可愛いけれど、なんで俺じゃないの?恋愛対象が異種族なら、俺だっていいよね?姉さんの事を理解し、一番大切にしてきたのはこの俺だ。長い年月、ずっと我慢してきたのに、ポッと出のヤツに、なんで姉さんを奪われなきゃいけないの?そんなの絶対に許せない」


弟に知られていたランスロットへの想い。羞恥心と、恐怖心と、劣情感が混ざり合って目頭が熱くなる。

こんなにも熱い恋心を抱いても、レイは失恋したのだ。


「違う…奪われてない…そもそも…私なんか…」


自分なんかが恋をしていい相手じゃない。

ランスロットはこの国の王族で、美しい婚約者がいて、自分とは違う種族で、住む世界が違う。

初めから好きになってはいけない人なのだ。

愛してはいけない。

諦めなきゃいけない。


頭ではそう思っているのに、心が付いていかない。内側から溢れ出す感情が、苦しくてレイは身を縮めた。それはまるで小さな子供が宝物を隠すように、小さな胸を抱きしめる。


「なんだよ…それ。全然諦めてないじゃん」


アルフレッドは、胸に光るエメラルドの光沢に目が止まる。

それはいつからか、レイの心臓の一番近い位置にあるブローチだ。

煌びやかに瞬く光が、龍騎士の瞳を思い出して、酷く目障りだった。


「チッ…こんなモノ、大切に持ってるから、忘れられないんだよ」


アルフレッドはブローチを荒々しく掴み取った。服を破き奪われたソレを投げようと腕を大きく振りかぶる。


「やめて!アル!!」

「ー!!!」


瞬間、レイは咄嗟に魔力を放った。

レイの周りに強烈な風圧が起こり、アルフレッドの身体は大きく弾き飛ばされた。


ドン!!!

「うっ…」


壁にぶつかり息が詰まる。苦痛に顔を歪めたアルフレッドを差し置いて、レイは急いで床に落ちたブローチを拾い上げた。

荒々しく肩を揺らして息を吐き、震える手でギュッと握りしめる。


「姉さん…」


弟に放ってしまった魔力への後悔よりも、手元に戻ったブローチへの安堵感が強かった。

ぽろぽろと気持ちが溢れて涙が出る。


(全然ダメじゃないか)


忘れようと思ってもダメだ。

離れてもダメだ。

レイは、気持ちの整理が全く出来ていないことを知った。

失恋してもまだ、忘れることが出来ない。

初めて知った恋心は、レイの心を掻き乱し、抑え込んでも溢れ出す。


「ごめん、アル」


レイの中に、確実な答えが出る。

血の繋がった弟よりも大切な存在が、確実にレイの心の中にいる。


「私は、ランスのことが好きなんだ」


「それは本当ですか?」


声がして、はっと顔をあげる。

扉の前で佇んでいたのは、居るはずのない愛おしい人。


初めて会った時のように、日を浴びて、キラキラ光り輝くの金糸の髪。

その隙間から現れる金色に縁取られたエメラルドの瞳は、慈しみを帯びてレイを真っ直ぐ見つめていた。


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