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06.


 しばらくの間、レイは異国の客人を匿うことにした。朝の時間だけアルフレッドに見つからなければ、基本レイしか居ないのだ。匿うのは容易だった。

レイの魔力は半月は安静にしなければ満タンにはならないし、ランスロットの仲間も近くに居ないのであれば、ランスロットがここから出る術はなかった。

アルフレッドが友好的に協力し、ランスロットを外に出してくれる可能性も考えたが、それはあまりに無謀な賭けだと、レイは長年の付き合いで判断した。

ここ最近のアルフレッドの感情の起伏と、レイの身勝手な行動はランスロットを危険に晒す。そう第六感が警報を鳴らす。

アルフレッドに見つからず、ランスロットを無事に外に逃す。レイは心に強く誓った。


だが、問題もあった。


「レイ様。食事はこれだけですか?」


今日も今日とて、魔法の袋から取り出した食料をランスロットに渡す。

ランスロットに与える十分な食べ物が無いのが、一番の困り事だった。

与えられるのはレイの食事の残り物を貯めていただけのあまりに質素な食事。レイは眉を下げた。


「ランスみたいな体格の良い人には少ないよね?ごめんね。少しだけれど無いよりマシだと我慢してくれ」


レイは先程もらった自分の食事もランスロットに分ける。やはりアルフレッドに頼んで食事の量を増やしてもらった方がいいのだろうか。しかし、変に怪しまれても困る。

レイはウンウン唸った。


「いえ、そうではなく」

「このスープも飲んでいいよ。今日は珍しく肉が入っている」

「駄目です。それはレイ様が食べなくては」

「でも、ランスお腹減っているでしょ?」

「レイ様。勘違いされています。私は戦闘部族である竜族の騎士です。幼少期から非常事態に備えて僅かな食料でも生きながらえる術を習得しています。それ以前に竜族は体内備蓄を得意とし、最悪の環境でも数ヶ月飲まず食わずでも大丈夫なのです」

「ほんとに?それは凄いな」


また一つ、竜族の知識が増えた。

爬虫類は冬眠とかできるもんな。それに似た能力だろうか。レイは真面目に頷いた。


「私が言っているのは、レイ様の食事量です。本当にそれだけなのですか?」

「へ?」


いつも通りの食事。パンにスープ。それだけと言われるが、今日は肉も入っていつもより多い方だ。キョトンとするレイに対して、ランスロットは眉に皺を寄せた。


「アレは朝しか食べ物を与えず、しかも与えられる物はこんなに質素な食事。レイ様がここから出られないよう体力を付けないようにしているのか…」


思案するランスロットの言葉を理解できず、レイは首を傾げた。

レイにとって、生まれてこの方、この食事しかないのだ。質素とは何か。寧ろ1日一食は普通ではないのか?


「ランス、すまないがこれが質素と言われても困る。私にとっては普通なんだ。あと、ここから出ないのは私の意思でもある。守ってくれているアルをそんな風に言うのはやめてくれ」

「レイ様。申し訳ありません。アレでもレイ様の弟ですもんね。出過ぎた事を言いました」


ランスロットの言い方にトゲがあるのは気のせいだろうか。

ここ数日でアルフレッドの呼び方が『アレ』に定着してしまった。まだ対面していないが、相性が悪いのだとレイは思った。

ランスロットの眼がスッと細められる。


「しかし、レイ様。この腕ではいけません。とにかく食べましょう。そして、体力をつけましょう。私が鍛錬します」

「たんれん…?私もランスのようなガチムチになれるのか?」

「レイ様のガチムチは想像したくないですが、今のままではいざと言う時、身を守れません」


体育会系騎士の言葉は一理ある。

いざと言う時とは、きっと自分が見つかった時だろう。自分が処刑されるのは仕方ないとしても、自分を匿った家族を守れないのは困る。

いざと言う時、少しでも抵抗し意思を伝えられる術は欲しい。

ランスロットの逞しい上腕二頭筋を見て惚れ惚れしながら、レイは頷いた。


その日から、読書以外に鍛錬という日課がレイの生活の一部となった。



ランスロットは良い先生だった。

弱々しい脆弱な筋肉のレイを一から鍛えてくれる。

いきなり無理はせず、筋肉痛は僅かになるくらいに、レイの身体に合わせて体力作りから教えてくれた。

ある程度の体力が付くと、護衛術も教えてくれる。

レイのように非力でも戦力となる、人間の急所を狙った実戦的なものだ。関節や重量を上手く使えば最小限の力で人を固定したり投げ飛ばしたりできる。医療と精通する部分もあり、レイは興味深く覚えた。


鍛錬を教わる代わりに、レイは魔法をランスロットに教えた。

聞けば竜族は、身体の作りから他の種族と違い強靭な能力が備わっているが為に力で殆どこなしてしまうので魔法の普及が他国より遅れているらしい。

だが、魔力が無いわけではないので、ここ数日でレイが教えた簡単な魔法は使いこなせるようになった。


二人でいる時間は長く、沢山の話をした。

種族も国も違うので、お互い知らない事ばかりで、話題は尽きることはなかった。

ランスロットの話は興味深く面白い。

17年、他人と関わりのなかった生活が一変して、レイは楽しくて仕方なかった。


朝から晩まで誰かと一緒にいる。日に日に親密になるにつれて、いつか来る別れを惜しむようになる。

レイの魔力はまだ万全ではない。

それがレイの僅かな救いだった。


「レイ様。そろそろお風呂の時間ですよ。筋トレはここまでにしましょう」

「もうそんな時間か、ランスロットの体内時計は相変わらず凄いね」

「お風呂沸かしますね。私にも出来る様になりましたから」


風呂は魔石に魔力を与えて発動する。最近覚えた魔法が嬉しいのか、ニコニコと浴室に向かうランスロット。

筋トレでグッタリしたレイには有難い申し出なので、遠慮せずお願いする。

ほんの少しだが、腕に筋肉が付いた気がする。とレイは自分の上腕二頭筋を触った。

ふふん、とドヤ顔していると、いつの間にか風呂の準備を終えたランスロットに笑われる。


「レイ様、筋肉は1日にしてならず、ですよ」

「むむ。まだ細腕というか、その口は」

「ふふ。とりあえず、お風呂に入ってから筋肉を揉み解しましょう。そこまでが筋トレです」


次の日に残さないのがランスロット流。

いつもの問答にレイは素直に従う。

着替えを準備しながら、レイはふと思う。


「そうだ、今日はランスも一緒に風呂に入ろう」

「……はい?」


ランスロットは固まった。

聞こえなかったのかと思い、レイはランスロットの手を取り、再度言う。


「一度竜族の身体を見てみたいと思っていたんだ。一緒に入ろう。身体洗ってあげる」

「ちょ、レイ様」

「小説で読んだ。裸の付き合いというものがあるのだろう?背中を流しっこするのが流儀だとか。風呂は狭いが二人ぐらい大丈夫だろう。お湯が冷めてしまう、早く入ろう」


手を引き、脱衣場に連れて行く。

ランスロットは固まったままだったので、レイはランスロットの服に手をかけた。

異国の着物は作りが独特で少し戸惑いながら、ボタンを外して上着を脱がせる。

現れた上半身は、見事な胸筋と腹筋を持ち合わせていて、レイは思わず感嘆の溜息が出た。


「羨ましい。カチカチの筋肉だな。ん?胸の辺りは皮膚が硬いのか。これは急所を守る為か?」


胸元だけ、龍の鱗のように皮膚が硬い。これなら簡単には刃物も通さないだろう。また一つ竜族の知識が増えたことが嬉しくて、レイは胸元をペタペタ触った。

腹筋も凄くて割れ目を指でなぞる。

下はどうなっているのだろうかと、手をかけようとした時、ランスロットは腕を掴んだ。


「レイ様…流石に下は」


見上げればランスロットの顔は真っ赤だった。

そこで、ようやく自分の破廉恥な行動を理解して、レイは慌てふためいた。


「す、すまない。つい」

「いえ…、研究熱心なのはいい事です」


二人の間に気まずい空気が流れる。

人の身体をベタベタ触るのは、流石に品が無かった。親しき中にも礼儀あり、だ。

そして更に衝撃なことランスロットは言う。


「レイ様…大変言いにくいのですが、裸の付き合いは男同士でやるものです。男女でお風呂に入るのは流石によろしくないと…」

「え」

「いや、この国がどういう風習か分かりませんが…少なくとも私の国では、男女で裸を見せ合うのは番いとなった者だけです…」

「えぇ!?」


歯切れの悪いランスロットにレイは目を白黒させる。上半身裸にさせておいて今更ながら、レイの顔は真っ赤に燃え上がった。


「そ、そ、そ、うなんだ!知らなかった!ごめん!」

「いえ、レ、レイ様が純粋に私の身体を見たかっただけなのは分かってます!しかし、レイ様が服を脱ぐのはやめて下さい!さ、さすがに、それは私も恥ずかしい」

「そ、そうだね!やめよう!」


あっぶな!

慌てて上着にかけた手を下ろす。

いつも風呂上がりのレイに、ランスロットが目のやり場に困った顔をするのは、そういう理由か!

レイは世間知らずを恥じた。


「しかし、私の身体を見る分には問題ないのですよ。竜族の身体に興味があるなら、どうぞ」

「そんな、まな板の鯉のように」

「レイ様の探求心はここ数日で理解してます。そんな触りたそうな目をしてますし…」

「え、バレてる?」


レイの脳内では「竜族の体を知りたい」と「恥ずかしい」が戦っていた。

数秒うんうん悩んだ後、こんな機会はないぞ、やっちまえ!と知りたい願望が勝利した。

向かい合わせになって、恐る恐る手を伸ばす。

どうぞと言わんばかりにランスロットは手を差し出した。


男らしい二の腕。強靭な肉体美はランスロットだからなのか、竜族だからなのか。

怪我の治療をした時も思ったが、ランスロットには背中に傷は無かった。

騎士というのは背中の傷は恥だと、本で読んだことがある。ランスロットはきっと優秀な龍騎士なのだろう。

指をなぞる。アルフレッドとはまた違うゴツくて手の皮が厚い男の手。細長い指には黒く鋭い爪が生えている。


「竜族は爪は皆んなこんなに鋭いのか?」

「そうですね、他の種族よりも硬いです。今は敢えて鋭くしてますが、私生活では切ってしまうのですよ?」

「その硬い爪を切るのは大変そうだね。そうか、猫みたいに爪にも神経があって切らないのかと思った」

「ふふ。そのような可愛い理由なら微笑ましいですが、敢えて切らないのは武器になるからです。戦場では凶器として鋭く爪を尖らせる騎士も多いのです。しかし、今はレイ様を傷つけないかビクビクしてます。ここにはナイフか

鋏はあるのですか?」

「いや、刃物は基本的に無い。アルが危険だと言って渡してくれないんだ」

「アレはそんなことを…そうですか」


ランスロットはまたアレといいながら思案し始める。

そんな様子にレイはすっかり慣れて、ランスロットの手をまじまじと眺めた。

確かに、黒く鋼鉄のように硬い爪は、尖らせたら刃物より強そうだ。

だが、ランスロットは自分を傷付けはしないだろう。

そっと、手を取った。


「私は好きだなぁ、ランスの手。大きくて強そうで、かっこいい」


レイの倍もある掌をモミモミと握る。

厚い掌の皮が、まだ見ぬ憧れの猫の肉球のようで病みつきになる。この手でどれほどの戦いをし、どれほど仲間を守ってきたのだろう。

憧れと尊敬の眼差しを向けると、ランスロットは苦虫を噛んだように苦笑した。


「やめてください。実際は人を殺した方が多いのです。こんな血塗れの手はレイ様が触るものではありません」


と言って引っ込めようとする手。

レイは不思議に思った。


「何を言う。守るために殺したのだろう?鶏か卵か、どちらが先かを議論する前に、この世は弱肉強食だ。自分や家族や仲間を守って何が悪い」


もう一つの手で握りしめる。

両手でも包み込めない大きな手。


「この短い付き合いでも、ランスの手は守るために大きくなったのだと分かる。やっぱり好きだな私は」


レイはそう言ってふわりと笑う。


無意識に本音として呟かれた言葉にランスロットの心臓は噛みつかれたように傷んだ。

そして包まれた手の温かさに、目を細めた。

まるで眩しい光を見たように。


「これだから貴女は」


額に影が落ち、レイは何だろうと顔を上げた。

近付いたのはランスロットの顔。

睫毛が触れる程、近くにあると気付いた時には、唇が何かに触れる。

それがランスロットの唇だと気付いて、あぁ、竜族の唇は柔らかいのだと知った。


長いようで、実際は数秒の出来事だった。

止まった時間を動かしたのは、我に返ったランスロットだった。

目を見開いて、レイの肩を掴むと勢い良く引き離す。

赤くした顔は今度は次第に青くなった。

わなわなと震え出したランスロットを見て、まるで襲ったのは自分ではないのかと疑ってしまう。


「す、す、すみませ…私は何てことを…」

「ランス?」

「申し訳ありません!」


勢い良く脱衣所を飛び出す。驚いている間に、ランスロットの姿は無く、あっという間に一人取り残された脱衣所で、レイは思う。

一体なにが起きたんだ、と。


クエスチョンマークのまま、しばらくしてレイも脱衣所を後にした。

狭い部屋だ。

部屋に戻れば、さすがに隠れられない大きな身体が部屋の真ん中に立っていた。

石像のように直立不動で動かない。

今なら背中を押せば、倒木のように真っ直ぐ床に落ちるではないか、というほど硬直している。

レイはそっと近付いた。


「ランス?ランスロットさーん?」


石像の周りをクルクルまわり、360度下から覗き込む。

どの角度から見ても整った顔つきのランスロットは本当に石膏のようだとレイは思った。


何度か呼びかけて、やっと正気を取り戻したランスロットの瞳とバチッと視線が合う。

意思の疎通が出来たと安心したら、ランスロットは酷く情けない顔をして顔を覆い隠して床に突っ伏した。

先程から面白い行動ばかりのランスロットに、レイも段々と楽しくなる。


「あぁぁぁ、私は何てことを……」

「ランスロットさーん、ヤリ逃げとは酷いぞ」

「や、やりにげ」

「私のファーストキスを奪っておいて、なんて薄情な男なんだ」

「ふぁ!?」

「ふふん。一度は言ってみたかったこのセリフを言える日が来るとはな」


ニヨニヨと口元が緩む。

この時、レイには不思議と嫌な気持ちは無かった。それよりも先に、ランスロットの反応に対する愛しさが勝る。

実際、キスと言っても小鳥が啄む程度の触れ合いだった。

ランスロットがいつもより近くて、いつもよりも温かさに触れた。その程度とレイは思った。


初々しく反応するランスロットは次第に反省を通り越して、情けなくなったらしい。

眉をションボリと下げると


「意識されないのも、それはそれで辛いです」


とレイには聞こえない声で呟いた。

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