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59.

……


城を出て、どれくらい経っただろうか。

あの日。レイは遠くに行きたくて、記憶の中で一番遠い場所に移動魔法をかけた。

そこからさらに歩いて見つけた森の奥深く。

足を踏み入れた途端に空気があまりに澄んでいて、レイの心の強張りを解した。

木陰の切り株に腰を降ろし空を見上げると、木の葉の隙間からキラキラと朝日が瞬いた。


ここにしよう。


レイは魔力を集中させ、手の中に魔法陣を描く。幸い、ここには材料となる木々が豊富だ。昔読んだ絵本の、森の中にある木の家。それを思い浮かべて、家を構築する。

アルフレッドと二人で住めるだけの、小さな家でいい。リビング、キッチン、寝室を事細かに設計し構造物が次第に形になっていく。やがて家が出来た頃には、レイは魔力切れですっかり疲れて、出来上がったばかりのベッドの中に崩れ落ちた。


目が覚めた時は、キッチンからの良い香り。アルフレッドは慣れた手付きで山菜を刻み、スープを作っていた。

森の中は、水も食料も豊富だと、アルフレッドはふわりと笑った。


森での生活は、想像以上に穏やかだった。

何も足枷の無い、姉弟だけの生活は、今まで欠けていた日常を取り戻すようだった。

本来あるべきだった普通の生活。

レイは、これで良かったのだと素直に思った。



「じゃあ、アル。行ってくる」

「気をつけてね姉さん」


アルフレッドは薪を割りながら、レイを見送る。

少しずつ家の周りを開拓し、水や果物、山菜、薬草の採れる場所を把握してきた。昨日はここから5分ほど歩いた先にある場所に鈴生りに実った果実を見つけた。

果実は甘く水分が豊富で、絞るとたっぷりのジュースとなり喉を潤した。

今日もその果物を求めて足を運ぶ。目当ての場所に着くと、昨日は見かけなかったカラフルな果実があった。レイの知りうる図鑑には載っていなかった果物だ。


「これは食べられるのか?」


皮は薄くて、実は柔らかそうで、思わず手に取る。甘い香りに誘われて、ひと囓りしようとした、その時。木の上から鈴音のような声がした。


「それは猛毒だよ」

「え?」


上を見上げると、パタパタと羽を動かして空中に立つ少年がいた。

背丈はレイより少し小さい。綿毛のような白銀の髪。新緑色の布で身を包み、白く透ける羽は光に輝いて美しい。


「自殺願望なら止めないけれど」


悪戯っ子のように、にんまり笑う。愛嬌のある仕草に、レイもつられて頬を緩ませる。


「毒だったか。ありがとう、教えてくれて」

「それ、いい香りで綺麗だろう?たまに知らずに食べて亡くなる人がいるんだ。綺麗なモノには毒があるってね」


ふわりと地上に足をつけてレイの目の前に立つ。

少年はレイをマジマジと見るが、レイも初めて見る種族に興味津々だった。

彼は、妖精族だ。

この地に居るとは聞いていたが、間近で会えるとは思わなかった。

少年のような風貌だが、妖精族は性別はなく寿命は人間より遥かに長い。そして一定の年齢から成長しないで生涯を全うすると聞く。

彼はレイより年上かもしれないが、彼の纏う少年っぽさに、思わず心を許してしまう。


「この辺は、果物が多くていいね」

「そーなんだよ。最近、やたら実りが豊かでさぁ。不思議に思って村長に聞いたら、なんと、この森に神子様が住みついたらしくて、龍神様が森に御加護を与えてくれたんだって!」

「え」

「神子さまサマだよー。森のどこにいるんだろね。噂によると、黒い瞳で黒髪で、そうそう、まさに君みたいな…」


少年はそこまで口にすると、レイを見ながらじわじわと目を見開いた。


「ま、まさか、神子様!!??」

「シー。静かに!」


レイは思わず、少年の口を塞ぐ。興奮した表情の少年はもごもごと口を動かし、理解したと首を縦に振った。

有名人を見たとばかりに目をキラキラさせる。彼の眼差しにレイはたじろいだ。


「ふへぇ。本当に黒髪だ。それに竜族みたいに大きくないんだな。そういや、城下町では神子様探しで大騒ぎって聞いたぜ?なんでここにいるんだ?城に帰らないのか?」


続け様に遠慮のない質問責めにあい、レイは口籠る。

こんな森にも噂が出回るほどに、レイの行為は問題になっているのだろう。

だけれど先ほどの話を聞く限り、リオウにはレイの居場所など筒抜けなのだ。それでもまだ追手は来ない。それは暗にリオウがレイを匿っているからだ。

見過ごすどころか、森に加護を与えて、飢えないようにしてくれている。どこまでも過保護で甘いリオウに、レイはくしゃりと顔を歪めた。


「まぁ、神子様がここにいれば森が潤うし、おいらにとっちゃ有難いからいいけどさ」

「…うん。見過ごしてくれ」

「しょうがないなぁ」


少年はくるりと回って、悪戯っ子のように笑う。


「じゃあ、神子様。お願いがある。ちょいとウチの村に来ておくれよ」


少年はレイの手を取り、宙を舞った。


「わっ」


落ちないように、腕にしがみつく。妖精の鱗粉がキラキラとレイの体を包み込むと、まるで重力が無くなったように身体がふわりと浮いた。

昔読んだ、少年と妖精の冒険絵本。海賊を倒す痛快な物語を思い出す。


「あはは、ガチガチだね神子様。空を飛ぶのは初めてかい?」

「これはすごいな。身体が浮いてる」

「妖精族は鳥と違って風に乗るんじゃなくて、妖力で飛ぶんだ。ほら、こんな風に回転もできる!」

「うわわ」


ダンスを踊るように空中をくるくる回る。

風の流れなど関係なしに、自由に飛び回る。鳥人族とは違う飛び方に、レイは目が回った。


「神子様、軽いねー。羽根みたいだ。そういえば神子様の名前ってなに?あ、おいらの名前はクリストファー。クリスって呼んでくれ」

「私はレイ。クリス、もう少しゆっくり…」

「おいら人族と会うの久しぶり過ぎてテンションあがっちゃうなー!しかも神子様なんてすごーい」

「回転、しな、で、めがまわ、る」

「あ、そろそろ村に着くよ!はい!とうちゃーく!」


クリストファーと一緒に地面に足が着き、体勢が崩れて前倒れになる。森の中にある小さな村。木にはツリーハウスが木の実のように建っている。カサカサと音がして、葉っぱをかき分け村人が顔を出した。

皆、若くて中性的な顔立ちで、性別も年齢も不詳だった。


「クリス。誰だいその人は。妖精族にしては羽がないし」

「べっぴんさんだねぇ。クリスの彼女かい?」

「違うよ。みんな、見て見て!噂の神子様だよー!!」


クリストファーの言葉に、ざわざわと皆が集まりレイを囲んだ。この国に来てレイより小さい人がこんなにも居るとは。レイは少し嬉しくなり、つい頬を緩めてしまう。

それを見た村人は、ほぅと溜息を吐く。


「神子様っていうのは、神秘的な生き物だねぇ」

「黒髪黒目って本当にいるんだな」

「これなら、ツルガミサマも気にいるべ」

「ツルガミサマ?」


竜族が龍神様を崇拝するように、妖精族にも信仰の神がいるのだろうか。

妖精族に囲まれたまま、誘われたのは森の奥。

そこには一本の大木があった。

他の木々よりも一等太く、森の主のように堂々とした木。

その太い幹には、幾数もの蔓が張り巡らされている。


幹には大きな割れ目があり、中に空洞があった。仄暗い空洞の中は妙な違和感ある。


(なんだろう)


ゾクリと背中に悪寒がはしる。

後ろを振り向くと、村の人々はみんな笑顔でレイを見つめていた。複数人もの突き刺さる視線。

クリストファーはレイの背後に立ち、ニコニコ笑いながら、トンと、レイの背中を押した。


「うましかて」

「え」


倒れゆくレイの身体。それを合図に凄まじい勢いで大木の蔓が伸びレイを襲う。にょきにょきと伸びる無数の蔓。

目線の先に、幹の割れ目から何かが見えた。

白く、脆い、人型の。

それは、幹に埋めこまるように佇む人骨だった。


(うましかて)


レイは、クリストファーの言葉の意味を理解した。

レイの手足に巻きつくツルガサマ。


(私はこの大木に、捕食されるのか)


スローモーションで視界は蔓に覆われてゆく。全身を埋め尽くす。

抵抗しなければと、脳から遠い場所で、第三者が叫んでいる。だが、逃げることも手向かうこともできず、体がすくんで動かない。


周りで楽しそうに、妖精族が笑っていた。


「姉さん!!!」


視界が完全に暗闇に覆われる瞬間。

血相を変えたアルフレッドが、斧を振り上げ蔓を叩き切った。レイの視界に光が広がる。

蔓は痛みを感じたように、スルスルとレイの身体から離れていく。


恐怖で呼吸することも忘れていた。アルフレッドの顔を見た途端に、無意識に止まってた息が大きく口から出る。

遅れてきた恐怖に、震えが止まらない。一気に身体が震え出した。

アルフレッドは、レイを力一杯に抱きしめた。弟の温かさを感じて、涙腺が緩む。

怖かった。

大口を開けた大蛇を前にした蛙のように。捕食される恐怖。

アルフレッドが少しでも遅ければ、あの幹に埋め込まれた人たちと同じ死が待っていた。

ツルガミサマに、どれほどの人が生贄となったのか。


「本当に目が離せない…無事で良かった」


アルフレッドの身体も僅かに震えていた。レイの存在を確かめるように、ギュッと抱き締める力が増した。


「残念。レイはツルガミサマの栄養にはなってくれないのか」


クリストファーは、挨拶をするように軽やかな口調で言う。言葉とは裏腹に、残念そうな顔はしていない。

たった今、レイを殺そうとしたにも関わらず、罪悪感も殺意もなく、ニコニコと笑っている。


「まぁ、それもまた自然の理りだ」


飄飄とする態度に、アルフレッドはカッと怒りに顔を歪めた。


「姉さんになんて事をするんだ!今、貴様は姉さんを殺そうとしたんだぞ!!」

「何怒ってるのさ。結局は君達が勝ったのだからいいじゃないか。この世は弱肉強食。自然に従う。それがおいら達、妖精族の生き方だ」


何故怒っているのか、心底分かっていないと、クリストファーは首を傾げる。


「おいらたちも肉を食べるし、生き物を殺す。命を頂いて生きているんだ。その逆があったって何もおかしくない。弱い者は強い者に捕食され餌となり、屍は朽ちてやがて自然に還る。ツルガミサマは生きるために捕食し、君達はツルガミサマよりも強かった。たったそれだけのことさ」


村人も日常会話をするように頷き、ことの成り行きを見た後は、散り散りに去っていった。

自由気ままに空を舞う妖精族。

自然豊かで平和な風景は、一変して恐ろしく見えた。

彼らの常識には、無慈悲で無関心で残酷な自然の条理が根付いている。


アルフレッドは、ゆっくりと立ち上がった。

レイの身体を支えて、一刻もここから早く出ようと手を引く。

クリストファーは、またね、とにこやかに笑って手を振った。

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