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56.


 生死を彷徨ったアルフレッドにレイは付きっきりで看病した。毒は中庭にある植物の一種と分かった。解毒剤が効いたのか。やっと安らかな寝息をし始めたアルフレッドを見届けて、レイは緊張の糸が切れた。安心してベッドに突っ伏す。

タイザーは点滴剤を投与して「もう大丈夫だ」と伝えた。


「んで。何があった?」


タイザーは直球に質問を投げた。医師として当たり前の問診だった。だが、口籠るレイを見て只事ではないのだと察した。


「ここでは話せないか?」

「…」

「俺に話せないことか?殿下がいるから話せないのか?」


レイは、部屋に控えるランスロットを一瞥して、後者に頷いた。

その仕草に、ランスロットは顔色を変える。


「レイ様、何故?!これ程の騒ぎを、事情も把握せず黙認することはできません!謀反を企てた一派の仕業かもしれないのに」

「…ない」

「はい?」

「ランスには言いたくない」


ミリア嬢から貰った焼き菓子に毒が盛られていたなんて、この場で、しかもランスロットに話せるわけが無い。

あんなに優しいミリア嬢が、アルフレッドに危害を加えたなど、レイ自身も未だに信じられないのだから。


レイは堅く口を閉じたまま、発言を拒んだ。


ランスロットは衝撃を受けた。はっきりとした否定の言葉に狼狽えた。動揺のあまり、レイの拒絶をすぐに受け入れることは出来なかった。


「レイ様、何故私には言いたくないのですか?一歩間違えば、レイ様が毒を食らっていたのですよ?レイ様に危害を加えた者を許すわけには」

「…なんだそれは。アルなら良かったとでも言うのか?」

「今はそんな話をしているのでは、」

「ランスこそ、アルがこんなに苦しんでるのに、なんで私の話をしてるんだ?」


レイの言葉にピクリと片眉を寄せた。

こんな時でも弟贔屓なレイに、ランスロットはもどかしさを感じた。

ランスロットは早く真相を知り、レイを危険から守りたかった。その焦りがアルフレッドの存在をより煩わしくさせる。

だから、言ってしまった。

大人げない言葉を。


「…私は言いましたよね?アレとレイ様を同等には扱えないと。また、アレが何か惑わせるような事をレイ様に言ったのですね。もしかして、毒も自分で飲んだのではないのですか?」

「殿下!!」


タイザーの呼び掛けにハッとした時には遅かった。

レイは目を見開く。その目は次第に色を失い、やがて今までにない程に、冷たい瞳に変わった。


「レイ様…すみません、今のは」

「アルを軽視するランスに、言うことはない」

「レイ様」

「出ていってくれ。今はランスと話したくない」


顔も見ずに、全身で拒絶する。初めてのレイの姿に、ランスロットは動揺を隠せない。出て行けと言われても、素直に頷けない。原因を知る必要があるのは建前で、ただ純粋に命を危険に晒されたレイが心配で側に居たかった。それだけだったのに。

レイは、明らかにランスロットを軽蔑した。出会ってから築き上げた信頼関係が、アルフレッドの存在で確実に歪みを生んだ。


タイザーの目から見ても、ランスロットの言葉は失言だ。言い過ぎだ。お互いに感情的になり過ぎている。

タイザーは、今は離れた方がいいと目配せをする。それを見て、ランスロットは不服ながらも、この場を離れることにした。


◇◇


「レイ、大丈夫か?」


ランスロットが居なくなっても、レイは布団に顔を伏したまま、何も反応しない。


「さっきの殿下の言葉は不躾だが、お前を心配してるだけだぞ」

「分かってる…」


レイだって、ランスロットに悪気があるとは思っていない。

ランスロットは優しい。いつだってレイの味方だった。

ランスロットだけじゃない。この国はレイに優しい。レイを大切に扱ってくれる。

だけれどアルフレッドのことは別だ。

アルフレッドの存在を認めていないランスロットに、何を言っても無駄だと思い知った。


「アルはミリア様から焼き菓子を貰ったんだ。それを食べて倒れた」

「は?…ミリア様って、殿下の婚約者のミリア様か?いや…そんな、まさか」

「やはり…タイザーさんでさえ、その反応だ。ランスがアルの話を信じるわけ無い」


犯人はミリア嬢じゃないかもしれない。だがそんな事どうでも良かった。別の者でも同じだ。アルフレッドに毒を盛る人が近くにいる。その事実がショックだった。


例え真相を話したとしても、きっとこの国の大半はアルフレッドの話など信用してくれない。


「結局は天秤にかけたら、みな王族の味方。そうだよね、ここは竜族の国。所詮、私達姉弟は余所者なんだ」


悟ったように静かに呟くレイに、タイザーは底知れぬ嫌な予感がした。


「レイ?お前、変なこと考えてないよな?」


その問いに、レイは何も答えなかった。




深夜になって、誰もが寝静まった頃。しばらくして、アルフレッドは目を覚ました。

血の気がまだ戻っておらず、顔は血管が透けるほどに青白い。


「姉さん…」


毒で喉が焼け、声は酷く掠れていた。

レイの存在を視界に入れると、アルフレッドは弱々しく哀願した。


「姉さん、怖いよ…助けて…俺を一人にしないで」


そう言って、ギュッとレイの服を掴んで離さない。

まるで小さな子供のようだった。

誰が何と言おうと、アルフレッドはレイの唯一の家族だ。何者にも変え難い大切な家族。アルフレッドを傷付け命を脅かした犯人と、それを許容するこの国が許せなかった。

守りたかった。

この味方のいない国で、アルフレッドを守らなきゃいけないと思った。


「ここに私達の居場所は無い。私はアルの側にいるよ。一緒に行こう。アル」


レイはアルフレッドの体を力強く抱きしめた。腕の中にうずくまるアルフレッドを安心させるように撫で、レイは魔導装置を発動した。

光が二人を包み込む。

やがて二人は、抱きしめ合いながら、この城から姿を消したのだった。

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