54.
「レイ様のお披露目も一緒にしてはいかがかしら」
王妃の提案にレイは食事の手を止めた。最近は婚礼の話題ばかりで城内は歓喜で潤っている。王太子の婚礼だ。国民が喜ばないわけがない。国中で祝福される二人は幸せだと、レイは思う。
「レイ様のお披露目が、そのような付け足しになるのは…」
「でも、レイ様が来てだいぶ経つのに、お披露目の儀は随分延期になって。今回もまた延期になるのではと懸念の声が挙がっているのよ」
それは、ずっと言われ続けているので、レイも肩身が狭い。延期の原因が地上との戦乱、つまりは身内が原因なので居た堪れなくなる。
「私のお披露目など、もうやらなくてもいいのでは…」
「何を言っているのレイ様!竜族にとって掛け替えのない大切な式典なのよ!」
「私は賛成ですわ。婚礼もお披露目も嬉しいことは多い方が良いもの」
ミリア嬢は屈託のない笑顔で賛同する。主役の賛成を得られて、国王も大きく頷いた。
「それならば、レイ様の準備も早急に進めないとな」
「衣装選びが楽しみね」
「儀式の作法については、オスカーに任せよう」
「それがいいわね」
レイが否定する間もなく話はどんどん進んでいき、一月後の儀式への参加が決定してしまった。
◇◇
「最近、元気がありませんが、体調でも崩されましたか?自己管理は社会人の基本ですよ」
儀式の講師を任されたオスカーは、レイの顔色の悪さに眉を潜めた。前回の騒動に加え、オスカーには具合の悪い所ばかり見られると、レイは恥ずかしくなって苦笑する。
「いえ、急にお披露目の日が決まって緊張しているだけです」
「…そうですか。確かに、以前から予定していたとはいえ、殿下の婚礼と重ねるとは思いませんでした」
やれやれと、オスカーは眼鏡をクイッと上げる。
手には古びた教本。それは、先代の黒龍の神子であるオスカーの祖父が残した書籍だった。お披露目の儀の当事者である先代の著書は、当時の内容が事細かに書かれていて参考になる。中でも国王の挨拶の言葉まで一言一句書き記してあるのには驚いた。先代には録音機能でも備わっていたのだろうか。
「先代と全く同じに行う必要はありませんが、基本の流れは同じです」
「この、龍神の舞いというのは何ですか?」
「それは、儀式の中で龍神様をお呼び立てする際に、神子様が舞いを踊ったそうです」
「え、ま…舞いですか?」
「えぇ。レイ様は舞踊の経験は…」
「…しているように見えますか?」
「…いえ、まぁ、これはあくまで参考資料ですから」
「舞いなど踊らなくても、リオウは呼べばすぐ来てくれそうだけど」
「祖父の日記には、この舞いは龍神様の強い要望だったとあります。祖父は格闘技も得意としていたので、舞踊というより剣舞を踊ったようですね」
「なるほど。余興みたいなものですか…」
要は、リオウの登場シーンを盛り上げる為のものか。それならばとレイは思った。
「なら、私は魔法で何かやってみますね」
「魔法で?」
「リオウは派手好きそうなので、そうですね…例えば空に虹をかけたり。それか花や雪を降らせたら盛り上がりそうです」
「素晴らしい。それはいいですね」
オスカーの同意に、レイはホッとした。この短期間で舞踊を覚えるより、得意分野の方が気が楽だった。
婚礼の儀と一緒にすると言われ最初は戸惑ったが、自分がメインにならずに済んで、逆に良かった。注目されるのは苦手だ。自分の式典こそ、お祝いへの余興だとレイは割り切ることにした。
オスカーとの打ち合わせですっかり日が暮れてしまった。空は墨を撒いたように暗く、廊下に点々と灯る光を頼りに長い廊下を歩く。部屋に戻る道中、ふと廊下の先で話す会話が耳に入った。男女の声。聞き覚えのあるその声は、一人はランスロット。もう一人はミリア嬢だった。
「…レイ様……わ…」
「…私も……そう……ます…」
途切れ途切れに聞こえる会話の中に、自分の名前が聞こえて、レイは思わず足を止める。曲がり角の先を覗くと、目に入ったのは悲しそうに涙を流すミリア嬢の姿だった。
「どうせ私よりレイ様の方が大切なんでしょう…!」
ぽろぽろと零れ落ちる涙を拭うこともせず、ミリア嬢は叫ぶ。
レイは言葉を失った。
今、彼女は何で泣いている。何と言った?
理解が追いつかないまま呆然と立ち尽くす。
ランスロットは宥めるように肩を抱き寄せた。
「ミリアの方が大切に決まってます」
「嘘よ…私なんて…」
「ミリア…」
ミリア嬢はぎゅっとランスロットの胸元に顔を埋め肩を震わせる。ランスロットの手が優しくミリア嬢の頭を撫でた。
抱きしめ合い愛を語る二人は、レイには到底入り込めない空気だった。
痛感した。
(初めから…ランスの横には彼女が居たんだ)
レイは踵を返す。
足は次第に早足となり、やがて駆け出した。
羞恥心が襲って、一刻も早くその場を去りたかった。
恥ずかしくて、悲しかった。
少しでも、ランスロットの一番大切な存在は自分じゃないかと、勘違いしていた。思い上がっていた感情に恥ずかしくて、目頭が熱くなる。
『レイ様』と優しく名前を呼ぶから、勘違いした。
『私を信じて』と微笑むから、勘違いした。
『私と共に生きましょう』と愛おしい言葉をくれたから勘違いした。
恥ずかしい…!!
そしてレイは気付いた。
物語でしか知らなかった感情。
溢れ出す醜い感情。
この悲しく胸を締め付ける感情は、恋だ。
目の前が霞む程に熱い感情は、恋だ。
レイは気付いた。
(私は、ランスに恋をしていたんだ)と。




