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52.

足を止めて動かないレイに、ロキは不思議そうに顔を覗き込んだ。


「レイ様?どうしました?顔が青いですよ?部屋に戻りますか?」

「…いや、」


受け答えもままならない程に動揺していたらしい。胸が苦しいのは、何かの病気だろうか。突然現れた何ともいえない気持ちに心が追いつかない。

そうしている間に、ランスロットはレイの存在に気付いた。今朝も会ったのに、まるで久しぶりに会った孫のように顔を明るくさせ歩み寄る。


「レイ様。良かった、無事お戻りでしたか」

「まぁ、この方が黒龍の神子様?お会いしたかったわ」


ミリア嬢は花のように笑いはしゃぐ。素直に愛らしい方だと、レイは思った。


「レイ様、こちらはグレイ公爵家のご令嬢、ミリアです」

「はじめまして。ミリアと申します。神子様のお噂は殿下からよく聞いておりますわ。お会いできて光栄です。お披露目の式典も随分先延ばしになって、王族ばかりが神子様を囲っておいでで、私達はヤキモキしておりますのよ」

「囲うなど、人聞きの悪い」

「あら、今日だってランスはなかなか神子様に会わせようとせずに私を帰そうと」

「違いますよ、レイ様は今日は外出の用があるとお話したではないですか」


レイを挟んで、会話を弾ませる二人は気心の知れた仲だと思った。

それに自分以外に『ランス』と愛称で呼ぶ人を、レイはこの国に来て初めて見た。


「すみません、騒がしくて。私達は幼少からの幼馴染でして」

「そうそう。昔は礼儀作法だと王族の教育を一緒に学んでいた仲なの。あのキツイ目の先生。今でもトラウマだわ。ランスなんか叱られてよく泣いていたわよね」

「ミリア…!レイ様の前で変なこと言わないでください…!」


レイは仲睦まじい二人を暫し眺めていた。そして、ようやく我に返り腰を折った。


「ミリア様。はじめまして。ランスロット殿下に、こんな可愛らしい幼馴染がいらっしゃるなんて知りませんでした。私こそお会いできて光栄です」


ニコニコと笑顔を貼り付けた。種族が違うからミリアはスラっと背が高い。胸もふくよかで女性らしい。レイはチビで幼稚な身体の自分が心底嫌になった。そう思う自分もちっぽけで嫌になる。


「レイ様…?」

「すみません、今日は少し疲れてしまって…部屋に戻ります。ミリア様、またお会いしましょう」


敬語を遣われ、『ランスロット殿下』と呼ばれ、驚いてランスロットは目を開く。こんなに他人行儀な態度のレイは初めてだった。だが、初めて会う貴族令嬢の前だからだ。と瞬時に思いとどまった。

改めて見れば、心做しかレイの顔色が悪い。


「レイ様、顔色が優れませんね。疲れが溜まったのでしょう。ロキ、レイ様を部屋まで頼む。ゆっくり休んでください」


優しい声音で心配されると、レイは後ろめたくてランスロットの目を見られなかった。視線を落とし、近くにいたロキの服の裾をギュッと握る。

その様子に、ランスロットはピクリを片眉を上げた。その位置はいつもならば自分の定位置だったからだ。

だが幼馴染の前。下手な嫉妬心はからかわれるとグッと言葉を呑み込んだ。

レイは、そんなランスロットの複雑な心の葛藤など気付くはずはなく、その場から逃げるように早足で部屋に向かった。





翌朝、レイの気分は沈んだままだった。胸がまだチクチクと痛む。心臓の音が大きくて、レイは自分の身体が心配になった。

朝食の時間、王族の中にミリア嬢の姿もあった。国王と王妃とも話題が尽きず、和やかに微笑む姿は昔から親交があるのだと見てわかる。婚約者という立場は、既に公になっているのだろう。まるで娘のように可愛がる。

ミリア嬢は明るくてレイに対しても優しくて、話せば話すほどに良い人だと思った。だけれど、彼女の魅力を知れば知るほど、レイの心臓はギュッと誰かに握られたように苦しくなる。レイは食欲が湧かなかった。何かの病気なのかと思った。

早々に食事を切り上げ、その場を後にする。心配するミリア嬢に更に後ろめたさが勝って気持ちが沈んだ。



レイは、タイザーの元に行った。

医務室で、心臓が痛いと言うと、タイザーは眉間に皺をグッと寄せた。

椅子にちょこんと座り、触診されながら、レイはポツリと弱音を吐く。


「胸が苦しいし、自分が嫌にやる。これが鬱というものか」

「…鬱の奴は自分で鬱とは言わねぇよ」


タイザーは心音を聞いて正常なのを確かめると、安心してレイと向き合った。どうやら心の問題のようだ。


「何かあったのか?」

「何があったんだろう。私にも分からない。しいて言えば、綺麗で美しい女性に会った。彼女がランスの隣で笑っていると胸が痛くて苦しくなる…」

「あ?」


なんだそれは。

タイザーはポカンと口を開いて、レイの言葉を反芻した。

そして、意味を理解して吹き出した。


「ぷ…あはははは!なんだ、そんな話か!」

「え、どういう話だ」

「そうかー。そんな感情が初めてなら仕方無い。いやー。しかしまいった。俺はそういう話は専門外だ。ここでは治せねぇよ」


タイザーは腹をかかえて大爆笑する。

その様子を見て、レイは頭にハテナを浮かべる。

病気ではない。そうと分かったなら安心するはずなのに。レイの胸はズキズキ痛む。初めての感覚に戸惑う。大丈夫だと何度も唱え精神を落ち着けたいのに、感情だけが取り残されたように、レイは胸をギュッと握りしめた。


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