表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/63

50.

 その日のランスロットは、深く反省した。今日の失言を心から恥じた。レイとあまりに親密な弟に、単純に嫉妬したのだ。


「何が『レイ様の一存で決められては困る』だ。私の方こそ決定権など無いのに…」

「わぁ。団長がこんなにヘコんでいるの、珍しすぎてウケますねぇ」


突然、練習場にやってきて、鍛錬と銘打って騎士団員をばったばったとなぎ倒し、気を発散させた後にこの落ち込みよう。物珍しいものを見たと、薄ら笑いで副団長のクロノはその様子を眺めた。


「そんな邪険にしなくても、魔力も持たない地上の人間にやられる団長じゃないでしょうに」

「それはそうなのですが…」

「この間の裁判の様子で、少なくともこの国の竜族はあの者への不信感は無くなりましたよ。なんか、極悪人を想像していただけに、拍子抜けです」


その通りなのだ。あの裁判でのアルフレッドは礼節をわきまえ誠実で姉想いの青年だった。ただでさえ地上の人間は竜族に比べて体格が劣る。地下牢に入れられ衰弱したアルフレッドは、極悪人には程遠い非力な人間に見えた。

黒龍の神子を崇拝する竜族にとって、同じようにレイを大切にする弟の姿は、逆に好感を持った者も多い。そもそもレイの弟というだけで、『敵』にならざる者でもある。

龍神様だけでなく大多数がアルフレッドを許した今、この国から追い出したいというランスロットが狭量と言われても仕方無い。

だが、


「私はアレが不気味でならないのです。本当にレイ様の側に置いて良いものなのか」

「…野暮な事を言いますがね、だんちょ。恋愛感情と政務は混合しないでくださいね」

「…は?」

「やだ、無自覚で困っちゃう。だから、若いうちに恋愛の一つや二つ経験しとけって言ったんですよぉ」

「わ、私は別に未経験では」

「はー、そんな話してませんよぉ。鈍感なとこがまた先行き不安でなりませんって」


クロノはやれやれと肩を竦めた。

ランスロットは茶化されて流石に不機嫌になる。


「今は色恋の話でなく、アレの話をしているんです」

「だぁから、レイ様の話でしょう?神子様は家族想いで慈悲深い方だから、そう簡単に弟さんと離れませんって。俺達も問題を起こさない限りは手出しはしません。これ以上弟さんを蔑ろに扱えば嫌われるのは団長ですよ?」

「う…」


ランスロットはぐうの音も出なかった。

クロノの言っている事はごもっともだ。

正し過ぎて傷口をえぐる。飄々とした軟派男なのに見た目に反して冷静に核心を突いてくるのがクロノだった。

ランスロットは胸の違和感を押し殺し、アレの存在を受け入れるよう努める事に決めたのだった。



◇◇



レイもその日、とても反省した。

ランスロットに向かって声を荒げてしまった。

この国に居させてもらっている立場で、アルフレッドを当たり前のようにこの国に誘うとは。優しいランスロットがあんなに厳しい事を言うのには、きっと理由があったのだ。

そう思うと、自分の発言を恥じて頭を抱えた。


「姉さん、手が止まってるけど大丈夫?」


アルフレッドは心配そうに声をかけた。

今は昼食の時間。お腹に優しい物をと、レイは野菜を沢山すり下ろしたポタージュスープをアルフレッドに与えていた。

レイも一緒にベッドの横の小さなテーブルで食事をする。木の実の入った小さなパンは最近のレイのお気に入りだ。


「姉さんは、この国で食事をちゃんと貰えてたんだね」

「うん。初めは珍しい物が多くて驚いた」

「地上ではスープとパンしか食べさせてあげられなかったからね」

「…それは、アルが両親に私が死んだことにしていたからだと聞いた」

「あぁ。その事知ってたんだ」


深刻な話になるかと思いきや、アルフレッドはあっけらかんと答えた。拍子抜けしたレイは、その理由を促すようにアルフレッドを見つめると、アルフレッドは不思議そうに眉を下げた。


「あれ?誰から聞いたか知らないけど、理由までは聞いていないの?」

「いや…ランスが言うには、アルが私を手篭めにしようと…」

「はぁ?客観的な上に偏見的な意見だね。姉さんはそんな話を信じたのか」

「信じてない!でもアルは何も言ってくれなかったじゃないか」


ランスロットから聞いた時、『信じない』と話を突っぱねた。アルフレッドの口から事の真意を知りたかった。


「…俺が何かする理由は、全て姉さんの為に決まってる。両親はね、国交の材料として姉さんを国に売ろうとしていたんだよ。姉さんはこの国の人質みたいなものだから。それに気づいた時点で、俺は親に姉さんを任せてはいけないと思った。その為に姉さんが亡くなった事にするのが、一番効果的だったんだ。俺だって結局は家の為の駒に過ぎない。姉さんは知らないだろうけれど、俺は第二王女との婚約が決まっていた。典型的な政略結婚だ」

「アルが結婚?」


予想だにしなかった話に思わず聞き返す。考えてもいなかった。レイは何も知らずに塔で過ごしていたけれど、アルフレッドは侯爵家の跡取りとしての足枷もあった。一人息子なだけに、その重荷は多大なものだっただろう。

レイを匿いながら、レイを守る方法を長年考え、魔法も政治も騎士道も必死に学び、王族に取り入りながら更に家の仕事もする。どれだけの苦労があったのか計り知れない。それを考えれば、毎日欠かさずレイの為に朝食を運ぶのも、アルフレッドがレイにできる最大限の事だったに違いない、とレイは思った。


「地上では俺は戦地で亡くなったことになっているのかな。王族との結婚話も無くなっていればいいけれど。だけれど貴族ではよくある話だよ姉さん。あの竜族だってそうじゃないのか?殿下と呼ばれていたね。この国の王族だったら婚約者くらいいるだろう?」

「ランスに婚約者…」


レイは持っていたスプーン落とした。皿に当たったスプーンはカタリと音を立てる。

手が止まった。思考が止まる。

ランスロットと、そういう話をしたことはない。この国の仕来りは知らないが、王族ならば考えられることだ。

胸から鳩尾にかけて、ずっしりと重しがのったような気がした。

その様子をアルフレッドはじっと見つめていた。


「そうそう、俺も聞きたいことがある。姉さんはなんで魔法を使えるの?いつ勉強したの?なんで?」

「え」


話を切り出されて、レイは現実に引き戻された。アルフレッドに内緒で魔法の勉強をしていた後ろめたさで、言葉に詰まる。その反応を怪しむように、アルフレッドは矢継ぎ早に質問する。


「浄化魔法も、転移魔法も俺だって使えるか分からない高度な魔法だ。俺は姉さんに魔法の書籍を渡した記憶は無いのだけれど。どうしてそんなことが出来るの?姉さんはあの塔の中で魔法の勉強をして抜け出そうとでもしていたのかな?」

「ち、ちがう!私はあそこから逃げるつもりはなかった。魔法は…最悪私が見つかって処刑される前に、せめてアル達だけでも守れるように抵抗する術が欲しかったから…」

「姉さん…そんな事を考えていたの?」


目を見開いたアルフレッドは、レイの答えに満足げにうっとりと笑みを浮かべた。


「でも、魔力が毒になるのに、魔法を覚えるなんて。あまり危険な事をしないでくれ」

「ごめん…。だけれど、この国の魔法は未発達な部分が多くて、こんな私でも何かできるんじゃないかと思うんだ」


レイはこの国に来て見たこと、学んだこと、出会った人々の話をアルフレッドに聞かせた。アルフレッドも隠し事もせずに地上の話をした。長年一緒にいて、こんなにも腹を据えて話すのは初めてだった。

黒髪黒目を隠す必要もなく、逃げる必要もないこの世界は、姉弟がやっと手に入れた自由な世界だった。


気づけば日が暮れるまで話し混んで、検診に来たタイザーに叱られるまで、レイは話に花を咲かせたのだった。

レイはこれからの事を考えた。

アルフレッドがこの国で生活できるように、今まで自分がお世話になった恩返しに、一生懸命アルフレッドを支えて行こうと思った。

しばらくは栄養を取りながら休養し、衰弱した身体が回復するまで献身的に看病することに決めた。

レイの行動は、家族であれば当然の行いであった。

二人の様子を一番近くで見ていたタイザーも、距離の近い姉弟だな、と思うだけで特段違和感を感じることはなかったのだ。


……


夜が更けた丑三つ時。アルフレッドはベッドから立ち上がって、窓を開けた。

墨を撒いたような夜空に、地上より近い星が煌く。窓からは城下町が見渡せる。遠くで時折聴こえる龍の鳴き声。平和を絵に描いたような国で、アルフレッドはせせら笑い吐息をはいた。


「…そうだよね。やっぱり姉さんが俺を捨てるわけがない。姉さんの意志で俺から離れたわけじゃない。俺から姉さんを奪ったのは、やっぱりアイツなんだね?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほらみろー。 神竜が魔力を奪ったなら殺せば取り返せるとか考えそうじゃないか? 一般的に手篭めという言葉が自分のしてたやり方と同じ事を頑なに認めないし、屁理屈がすごい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ