48.
翌日、早朝からリオウは神殿に姿を現した。
王族や国の上層部が集まる中、地下牢から連れ出されたアルフレッドが、重い鎖に繋がれてリオウの前に立つ。
国の裁判でリオウが判断を下すのは稀だという。それほどに国の重大な裁きなのだとレイはピリついた空気の中で二人を見守った。
レイは事前にリオウに言われてしまった。
『レイの発言権は無いと思って。レイに哀願されたら、私も冷静な判断ができないからね。レイの気持ちは分かるけれど、この国の民の気持ちも理解してくれ』
苦虫を噛んだように、くしゃりを笑って諭されれば、レイは何も言えなかった。
人口密度は高いのに、誰一人口を開かない沈黙の場で、リオウは口を開いた。
「やぁ、久しぶりだね。この国には慣れたかい?」
「…」
「あれ?口が無いのかな?昨日は流暢にレイとお話ししたと聞いたけれど」
アルフレッドは、無言のままリオウを見つめた。挑発的なリオウの態度は大人げ無くて、リオウの性格を良く知るレイは、アルフレッドの反応を煽っているのだと冷や冷やする。
しばらく沈黙したアルフレッドは、ややあって頭を垂れた。膝を折りその場で深く礼の姿勢をしたのだ。
城内がざわつく。
リオウはスッと目を細めた。
「それは、どういうことかな?」
「…姉さんの命を救ってくれたのが貴方と聞きました。心から感謝いたします」
さらに深く深く頭を下げる。弱弱しい声音ではっきりと言う、その言葉に誰もが息を呑む。
この罪人への見方がガラリと変わる瞬間だった。
「…君がしでかしたことと、理解しているのかな?」
「勿論です。俺が姉さんを傷つけた。刃を向けてしまった。俺の魔力では姉さんは助けられない。今、姉さんが生きてるのは貴方のお陰です」
治癒魔法も効かない、医療を尽くしても危うかったレイの命は、確かにリオウの神力がなければ危険だった。この事実はアルフレッドの中で大きな意味を持った。
大量に流れる鮮血を止める術を、アルフレッドは持ち合わせていなかった。レイが転移魔法を使ってリオウの元に行かなければ、あの日あの時点でレイはこの世にいなかったのだ。
その悪夢の発端が自分のせいだと、アルフレッドは充分に理解していた。
「ありがとうございます」
再び、地面に頭が付く程に頭を垂れる。城内はシンと静まり返った。
『黒龍の神子』を崇拝している竜族にとって、レイの存在は特別だ。地上の敵とはいえ、レイの親族である限り容易に断罪はできない。それを知ってか知らずか。
(良くも悪くも、人を動かす力に長けているな)
リオウは冷静にアルフレッドを見下ろしていた。
感謝の気持ちは本心だろう。姉への執着を考えれば、レイを失うことは恐怖の何物でもなかったはずだ。
その感謝の意を竜族が集まるこの場で、誠意をもって表す。こうやって、この若者は地上の国を動かしていたのか。
(あぁ、レイに釘を刺しておいて良かった)
もし今この場で、レイが一言でもアルフレッドを庇えば、この国の民は皆アルフレッドの罪を許してしまうだろう。
だが、根幹にある罪が根絶やしに軽くなるなんて思ってはいけない。
「鳥人族の長は今回のことをどう思う?」
突然話を振られた鳥人族の長は、酷く緊張しながら声を張り上げた。
「…私は…同胞の故郷を焼かれた恨みは…決して許せません!」
「…ふふふ」
鳥人族の長の言葉に、アルフレッドから笑いが漏れた。
目つきを一変させたアルフレッドに、長は背筋を凍らせる。
「貴様ら同胞は姉さんを傷付けたじゃないか。可哀そうに、姉さんは何度も腹を蹴られのか内臓はぐちゃぐちゃになって、手足の骨折も酷かった。顔にも痣が沢山あったね。あの傷の量を見る限り、どれだけの時間、どれだけの暴行を加えたんだろうね?」
途端に、城内の空気が変わる。随所で竜族の纏う怒濤の殺気が膨れ上がったからだ。
リオウはしまったと思った。
(竜族の前で、それを言うのか)
この場にいる大多数が竜族であるのに、鳥人族がどれだけレイを傷つけたか、生々しく語るとは。
レイの怪我の状況はうち内の者以外にはオブラートに隠していた。レイが重症だと知れば過激な信者が反感を持つと分かっていたからだ。せっかく穏便に事を済ませよう内密にした王族の努力が無駄になってしまった。
リオウはこの人間が末恐ろしく思えた。
他人の感情を動かす術を、本能で分かっているのだろう。
「それは…お前が我々の故郷を…!」
「はは、我々とは、可笑しな話だ。貴様らは数百年も前に地上を捨てたではないか。地上に残った鳥人族は今でも差別と迫害を受けている。天界に逃げ悠々と暮している鳥人族が地上の者を同胞と呼ぶ権利があるのか?」
「口を慎め…!」
「はいはーい。ストップ。そこまでね」
これ以上は、悪い方向にしか話が進まない。
リオウは敢えて、声音を朗らかに落として、城内を見渡した。
「今は君の判決の場。鳥人族がレイにした事はまた別問題だ。第一、レイを一番傷付けた君に鳥人族を咎める権利はないよ」
途端に、虚を衝かれたように顔を上げ、アルフレッドはリオウの目をじっと見た。この数秒の時間でさえ、この男は次の一手を思案するのだ。無駄に時間をかけてはいけないと、リオウは早々に事を切り上げる事にした。レイには悪いが致し方ない。
「レイの弟だから、一度話してみたかったけれど、なるほどね。君の言い分は分かった」
スッと手をあげる。
「やっぱり君は危険因子だ」
リオウは手を掲げ大きな光を放った。アルフレッドが抵抗する前に、光が身体を包み込む。
すると、痺れるような痛みが全身を覆う。身体の内側から力を吸い取られるような感覚にアルフレッドは呻いた。
「あ…ぐ…」
強い眼力でリオウを睨み付ける。祭壇にいるリオウは、眼下に這い蹲るアルフレッドを見下して言った。
「お前に魔力は必要ない。これがお前の罪の対価だよ」
アルフレッドは目を見開き、耐え切れずに叫び声を上げて床に蠢いた。苦痛の声が神殿広く響き渡る。拷問のように尋常じゃない汗が流れて、四肢を強張らせる。そして程なくして力尽き気を失った。
レイは、飛び出して駆け付けたい気持ちを自分の腕を握り締めて必死に抑えた。
アルフレッドの身体から、何も感じない。
微塵の魔力も感じない。
リオウはアルフレッドから、魔力を全て奪い取ったのだ。




