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46.

その日は沢山の人を泣かせてしまった。王妃様、国王様をはじめ、兵士の方々、メイドや執事の方々、出会う人皆がレイを見るたびに目に涙を浮かべるのだ。

困った。

泣かれ、時に怒られてワタワタするレイに、ランスロットはにっこりと笑って言う。


「存分に困ってくださいね。レイ様がどれだけ皆に必要とされているか思い知ってください」


笑顔の裏にスパルタが垣間見え、レイはヒヤリと背筋を伸ばす。

けれども、もう弱気な事は言わない。たとえ万人に必要とされなくても、隣にいるランスロットが自分を必要としてくれるだけで、レイはこの世に生きる価値があると思うのだ。



一頻り騒がれ落ち着いた後、レイは地上の話を聞いた。

最期に一か八かで発動した転移魔法。レイ自身、その時は余りに必死で意識が曖昧で、まさかアルフレッドも一緒にこの国に連れてきていたとは知らなかった。

だが、結果的にアルフレッドが地上から消え、指揮官を失った事が戦争を終わらせる一番の要因になったようだ。

アルフレッドは今、この城の地下牢に居る。

レイは非難されてもアルフレッドに会いたかった。その気持ちを察したのか、ランスロットは苦虫を噛んだ表情をしながらも、地下牢へ案内してくれた。



地下牢へ降りる道は暗く、湿気を帯びた埃臭い空気が肌に纏わりつく。ランタンを片手に足元を照らし、一歩一歩と階段を降りた。

レイが眠っている間、ずっとこんな暗い場所に居たのか。城内の恵まれた環境にいたレイにとって、地下牢があることも驚きだったし、扱いの違いにも驚いた。同じ地上の人間、姉弟。ただレイは黒髪黒目で、地上では忌み嫌われ、天界では愛された。方やアルフレッドは地上では優秀な侯爵閣下でこの国では罪人。レイの胸には複雑な感情が芽生える。

心配が勝るのは、姉として仕方ないこと。

どんなに離れても仲違いしても、結局はレイにとってアルフレッドの存在は唯一無二の弟なのだ。


それは、顔を見て確信した。


「アル」


地下牢の隅に、膝を抱えて座っていた人影は、レイの呼び掛けにピクリと動く。

うずめた顔をゆっくりと上げた。


「…姉さん……?」


艶やかだった髪は潤いを無くし、酷く痩けた顔がレイを見つめた。唇は乾燥して皺を成し、声は酷く掠れていた。


「姉さん…姉さん、あぁ良かった、姉さんがいる」


牢の鉄格子を掴み、前のめりに膝をつく。アルフレッドは目を潤ませてレイに手を伸ばし、レイの存在を確かめるように何度も名前を呼んだ。


「ごめんね姉さん。痛かったよね。姉さんをずっと守ってきたのに、俺が姉さんの命を奪うなんてあってはならない。本当にごめんなさい、ごめんなさい姉さん」


伸ばされたその手を掴もうとして、ランスロットに制された。ランスロットの目はこれ以上近付くな、と警戒している。

それは自分を心配しての行動だと分かっていたが、その手を退けアルフレッドに近寄る。

カサカサになった手を握りしめて、目線を合わせる。


「アル、私は生きてる。安心して」

「姉さん」


別人のように痩けてしまったアルフレッドの手は細く弱々しかった。


「ご飯も殆ど食べてないって聞いた」

「姉さんが…死んだら…俺は生きている意味がない」

「馬鹿だな」

「馬鹿だよ。姉さんは俺の全てなんだから」


さも当たり前のように言う。

あれほど許せない事をしたのに、結局は絆されてしまう。レイの心は揺らいだ。

レイと同じように、アルフレッドも地上の法律に縛られた人生だったのだ。結果的に天界と仲違いしてしまったけれど、アルフレッドは本来、人に刃物を向けるような人間ではない。

今回の件を許したわけではない。だけれど全てがアルフレッドのせいではない。アルフレッドが咎められるのであれば、レイも同罪だと思った。


「アルが地下牢いると言うなら、私もここにいるよ。アルが何も食べないなら、私も食事を取らない。この国がアルを許さないのならば、私も同じ罰を受ける」

「姉さん…」

「全てアルのせいじゃない。罪は私たち姉弟が償わなければならない」


レイの言葉に、ランスロットは戸惑いながらも、レイならばこう判断すると予想していた。その予想が当たってしまって、胸の中に靄が生まれる。拳を握り締めた。


「レイ様。貴女はズルイです」


この国が、レイを断罪するはずがないのに。罪を問いたい弟と、この国の宝を天秤にかけたら、答えは一つしかないに決まっている。

ランスロットは悔しかった。

目の前の憎き男が、レイにとってかけがえの無い存在に居続けていることが、心の底から悔しかった。


レイはアルフレッドを安心させるように微笑んだ。

目が合うとアルフレッドはにっこりと口角を上げる。


「あぁ、やっと俺を見てくれたね。怒る姉さんも新鮮だったけど、やっぱり笑った姉さんが一番いい」


アルフレッドのその目には姉弟愛には収まらない感情が溢れていた。

その背筋が震える程の嫌悪感に、ランスロットの心は静かな憎悪に満たされる。


「話は済みましたね。戻りましょう」

「ランス、」

「この後の対応は龍神様が決めることです。レイ様が決めることではありません」


ぴしゃりと言い切られ、レイは口を噤んだ。

腕を取られ、面会は強制終了となる。掴まれた腕が力強くて、ずんずんと階段を上るランスロットの後ろ姿に何も言えなかった。


二人が去った地下牢で、アルフレッドはじっと手を見つめる。先ほどまであった温もりを感じて、妖艶に笑みを浮かべた。屍だった感情は、再びゆっくりと息を吹き返したのだった。

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