表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/63

44.

戦争の対価は大きかった。

神聖な龍の虐殺。同胞の戦死。国の水源の汚染。

だが、何よりも一番の問題は、この国の誇りであった偏見の無い異種族間の生活に、蟠りが確実に芽生えていたことだ。

由々しき自体だと、国王も含めた国の上層部は頭を抱えた。

『黒龍の神子』が地上の人間だという事実が、複雑な板挟みの感情を齎す。

何度目かの政務会議は、『黒龍の神子』が未だに目覚めないことで、更に希望が見えないでいた。


そんな暗い会議室に、一人の男がやってくる。


「なんだ、陰気臭い雰囲気を晒しおって」

「ブ、ブラウンズ殿」


国王は驚き思わず席を立った。

先代の宰相と仲の良かったブラウンズ博士は、一時期は国のツートップと言われる程の破天荒さで、昔から国王の良き協力者でもあり、頭の上がらない教育者でもあった。


「ご無沙汰しています、ブラウンズ殿」

「見ないうちに老けましたな、国王様」


ふぁっふぁっと笑う博士の白い髭が上下に揺れる。場の空気が一変して明るくなるのは、彼特有の空気感の為せる技だ。


「神子様の容態を聞きに来たが、それよりもこっちに手を貸して欲しいと、ジェームズ殿下に頼まれましてな」

「ジェームズが…」

「来てみれば、確かに酷い顔の面々だ。外の空気を一度吸った方が良い」


ブラウンズ博士は、会議室の大きな窓を開けさせた。

開かれた窓からは、日差しと共に心地よい風が流れた。

空気が澄んだ。

そして、ある者が外の変化に気付く。

信じられない物を見るように、やがて会議室中がどよめいた。

カルオス国王は、目の前に広がる青い空と、この世界に無かったはずの物を見た。


「…これは……?」


ブラウンズ博士は皆を見渡し、大きく声をあげて笑う。

それは、不安を払拭させる明るい笑い声だった。


「神子様がこの国を変えた。大丈夫だ。世界の常識は覆っても、それは新しい未来への第一歩に過ぎない」


そう。

この国は天界で、雲の上。

だから、天気という概念は無い。そのはずだった。

けれども、空に浮かんだ真っ白い雲。

雲から生まれる雨風。

そこから生まれる恵みの雨は、この国全土に降り注ぎ、やがて汚染した水は浄化され、この国を再び潤すだろう。


「全てを受け入れれば、未来は明るい。そうだろう?若人よ」




◇◇




「レイ様って、やっぱりスゴい人っすね」


医務室で治療中のロキは窓の外を眺めて呟いた。

包帯を取り替えていたタイザーも、手を止めて窓の外を見やる。


「あの小さな青い玉が、こんな威力をもっていたとはな」

「ランスロット殿下に、突然青い玉渡された時はどうしようかと思いましたよ」

「俺だって、レイが事前にじぃさんに相談してなきゃ、なんの魔道具か検討もつかなかったぜ」


二人は、レイが連れ去られたあの日の事を思い返した。

レイがランスロットに託した青いガラス玉のような魔道具は、その場にいたロキに手渡された。レイを追いかける為に地上に向かったランスロットは、その魔道具をブラウンズ博士に渡せと言う。

訳も分からずに、ロキは全速力でブラウンズ博士の元に向かった。


城で証言者として待機していたブラウンズ博士とタイザーは、目の前に突然渡された魔道具を見て、全てを察した。

それは、研究を持ち掛けたレイの命の産物だと気付いてしまった。


「あの馬鹿弟子が…」


レイは、あの日ブラウンズ博士にこう持ち掛けたのだ。


『私はこの国に“天気”を作りたいのです。地上にいた博士ならば、天気から得る恵みの価値が分かりますよね?』


天界の国で天気を創り出す。

それは、この国の概念を覆す突拍子のない提案だった。

気圧や気候の問題でそれは容易にできるものでもなく、この国の民が安易に理解できる物でも無い。長い年月を経て変えていくはずだったレイの考えは、この危機的状況で覆り緊急性を成した。

この国の貴重な水源を地上から得ている今、汚染された水の浄化は不可能。魔法が発達していない国に浄化魔法は高度すぎる。

だからこそ、今しかないと、レイは思ったのだ。


複雑な魔法陣は美しい式で構築され、魔力を込めれば滑らかに発動する。

博士も感嘆するほど完璧な魔導装置。

失敗すれば最悪爆発する。前例のない危険な魔法を、ぶっつけ本番で成功させるとは。

神子様の心意気と覚悟に背筋が震えた。若かりし頃の活力が博士の中で漲った。


「ここまでされて、諦めるなんて選択肢、わしには無いわい」


ブラウンズ博士はそう笑い、ロワシールド湖へと馬を走らせたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ