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40.

 鳥人族の彼の名はキースという。キースは洞窟の奥にレイを連れて行った。

鳥人族は巣穴を作る習性があると、昔本で読んだことがある。硬い岩山も生活空間にしてしまうらしい。洞窟の道は途中でいくつもの分岐点があり迷路のようになっている。しばらく歩いた迷路の先に、光が見えた。そこには大きな空が広がっていた。


「国の末端だ。ここから飛び降りて地上に行く」


飛び降りる、という原始的なやり方に、レイは内心怯んだ。地上から何千メートルあるのだろう。眼下の高さを前に足がすくむ。確かに鳥人族のように飛べなければ、地上に行くことは難しいのだと知った。


「他の仲間は、置いていくのか?」

「お前を連れ帰るのが一番の目的だ。ここに来た時点で、全員の無事など初めから考えていない」

「…」


謝ることも可笑しい。安易に謝罪を口にする方が失礼だと思い、レイは口を噤む。


足元には崖。直下は白い雲に覆われて何も見えない。

ここから飛び降りれば、地上に行く。


覚悟を決めたつもりでも、レイの心は締め付けられるほど苦しかった。

この国に来て、優しい人達に会い恵まれすぎた。毎日が楽しくて、生まれて初めて自分の未来を夢見てしまった。

この世界で生きて、将来を思い描き、国の為の仕事をしたいと考えてしまった。


だがそれも、この足を一歩踏み出せば終わる。


(短い夢だったなぁ)


気を緩めると目頭がじんわりと熱くなる。

だが、悲観に浸っている場合ではない。

自分には嘆き悲しむ資格がない。

そう思って無理やりにでも前を向く。


すると、レイは雲に混じって漂う黒い噴煙に気づいた。

黒煙を辿ると、その先に吹き上がる真っ黒な水飛沫。それはこの国の水源地の方向だ。


「…なに…あれは…」

「あぁ、やっと発動したか」


キースは驚いた様子もなく目をやる。この高さからは、城下に流れる川まで見渡せる。真っ黒になった川は枝分かれになり国中に広がっていた。


「お前の弟の魔法だ」

「アル…の?」

「俺達が任務を全う出来なかった場合に備えてもう一つ、お前の弟は保険をかけた」


ざわりと胸騒ぎがする。

キースは冷たい口調で言った。


「この国は地上から水を吸い上げているらしいな?」


ハッとレイは顔を上げる。嫌な予感がした。


「この国が地上との繋がりを切らない理由。それは唯一この国に無いものを得る為。水だ」

「…まさか」

「お前の弟は狙ったのさ。この国の水を奪えば、民の暮らしはやがて貧困する。国の貴重な水が無くなれば、襲撃しなくとも、いずれこの国は降伏する」


外れて欲しいと願った思惑が当たり、レイは目を見開く。

信じられない。と疑うよりも先に、アルフレッドならやりかね無いと、長年一緒にいたレイは思った。

何の罪もない民までも巻き込む、無差別で非情な策に全身が戦慄く。


自分のせいで、鳥人族だけでなくこの国に最後まで迷惑をかける。

このままでは、ここを去れない。

レイは頭を大きく振った。


「いや…だ!浄化魔法をかける…!あそこまで連れて行ってくれ!」

「馬鹿言うな、お前を地上に連れていくのが先だ」

「でもこの国が汚水されたまま地上にはいけない!」

「五月蝿え…!」


胸元をグッと掴まれる。正面から憎しみの目でキースは声を荒げた。


「この国が何も被害なく終われると思うなよ!?」


その瞳には、戦争に巻き込まれた種族の憎悪が溢れていて、レイは唇を噛んだ。


辛い。


全てを救いたくても、無力すぎて手から零れ落ちる。地上に今すぐ行くのが最善か、この国を護るのが最善か。自分の判断で多くの人の命が掛かっているのに、何が最善かなんて選べない。


レイはポロポロと涙を流す。

そこで、一つの提案をした。


「…5分だけ、待ってくれ」


お願いだ…と小さく付け足した。


キースは訝しげに顔をしかめた。

掴んだ手を緩めると、レイはすぐに複数もの魔法陣を描いた。レイは魔力を総動員させて、複雑な錬成をかける。


(これは…博士と研究してから作りたかったけど…)


レイの額には汗が滲む。気を抜けば失敗する。微量でも狂えば爆発する。複雑な化学式を瞬時に計算しては魔法を発動する。

魔力を全部使い切ってでも、完成させる。

覚悟を決めたレイの集中力は凄まじかった。秒単位で幾つもの魔法陣が構築される。レイの脳内だけで完成された式は、やがて一つの構築物となって手の上に形作られた。


それは真っ青に透き通った、美しいガラス玉のような魔導具。


完成した構築物を手に取って、レイはぐったりと地面に足をつく。

魔力はほぼ使い果たした。

魔力の欠乏で目眩が酷い。虚な目で何とか身体を支えながらも、レイは出来上がった魔道具に安堵した。


目の前の雲の先。

小さな人影が見えた。それを確認してレイはゆっくりと微笑み、キースに声をかける。


「さぁ…行こう」


レイはキースの手を取り、崖の上から飛び降りた。


「ランス…」


「レイ様!!」


遠くに見えた人影は、最期に会いたいと切望した愛おしい人。

地上に落ちていく瞬間、最後の魔力を使って、ランスロットに向けて手に持つ魔導具を投げた。

青く透明な魔導具は、キラキラと輝きランスロットの手の内に届いた。


ランスロットなら、コレの意図を汲んで上手く使ってくれる。この国を救ってくれる。


レイは最後の望みを託して、地上へと落ちて行った。

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