36.
話を終えたレイ達は、部屋を出て玄関に向かうと、ロキは未だに球体を持ったまま固まっていた。すっかり忘れていたタイザーは、思い出して爆笑する。
「わりぃ、忘れてた」
「酷いっす。俺の体ガチガチっすよ」
「おや、まだ1時間経ってなかったかの」
「そろそろ魔法が切れる頃だと思うんだけど。重力の魔法も同じ時間に解除するようにしたから安心してくれ」
「了解です。隊の訓練より鍛えられますね、コレ」
「そうなのか、ランスに訓練用魔道具として提案しておくか?」
「や、やめて下さい!」
球体を持ったまま、泣き顔になるロキ。
「じぃさん。そもそもコレは何の道具なんだ?」
「空を自由に移動できるように作ったのじゃが、魔力が無いと操縦不可だな、ふはははは」
「でも、素晴らしいですね!」
「よかったら、次来る時に設計図を見せてやるぞ」
「ふぁぁぁあ」
レイの目はキラキラ輝く。憧れが強すぎて失神しそうだ。その様子が可愛いくて、博士はレイの頭をこねくり回した。
それを見るタイザーは複雑な気分だ。
「おら、帰るぞ。あんまり長居すると夕刻までに戻れねぇ」
城からここまでの距離は遠く、往復すると門限まではギリギリだ。
それでも一度ここに連れてきた理由は、例の移動装置の存在だった。
「一度来た場所なら、この装置で移動可能だ。今後のこともある。お前のデータを登録しておこう」
「この装置が、幻の移動魔導装置…」
大きな箱には複数もの魔法陣が書かれており、その横に丸い円があった。地上ではこの魔法陣の構築に行き着いた人間はまだいない。レイも見ただけでは全く解読できなかった。幾層にも掛けられた魔法が複雑に組み合わさっているのだ。レイは興味津々に四方八方から装置を眺めた。
「城に着いたら、この魔法陣を床に書くか紙を張ってくれ。一度来たこの場所を思い浮かべながらな。魔法を発動させるとこの装置と繋がる」
「魔法陣を感知して対象物を移動するてことですか?」
「そうだ。装置の登録者ごとに違う魔法陣を配布する。これがお前の魔法陣だ。エリア移動だから魔法陣から半径1メートル以内にいれば複数人の移動も可能だ」
「すごい、、移動時間はどれくらいですか?」
「10キロで1秒、距離が長いほど時間はかかる。あまり遠すぎると悪酔いするから気をつけろ」
「はい」
レイは紙に書かれた魔法陣を受け取った。
来たい時に来いと言ってくれた博士と、これですぐに会うことができる。
レイの研究を進める上でも有難かった。
すっかり気に入られたレイだが、タイザーはこれを殿下に報告するべきか悩ましかった。
(いつでも会える環境整っちまったなぁ)
魔法研究に興味があるとはいえ、あんな計画を目論んでいたとは。わが弟子ながら恐ろしい、とタイザーは思う。
だが、すぐに実現できるものでもない。
成功するかも分からない。
頭を抱えながら、様子を見ることに決めた。
とりあえず、今日は挨拶だけで帰そうと、話を早々に切り上げたのだった。
「今日はありがとうございました」
「おーまた来い」
ニカっと笑って手を振る。
レイは深々と頭を下げて、玄関から足を一歩踏み出した。
その時だった。
上空から強い風が吹いた。
黒い影が、突風と共にレイに近付いた。視界の端に気配を感じた。
一瞬の出来事だった。
「レイ様!!!!」
気づいた時には遅かった。
レイの身体は遥か上空にまで飛んだ。
肩を掴まれて、上半身だけで引き上げられる。強すぎる風圧に目も開けられない。
タイザーも博士も何が起きたのか分からなかった。
一瞬にして、玄関にいたはずのレイの姿が目の前から消えたのだ。
唯一、動体視力の優れたロキだけは瞬時に反応したが、球体の魔導装置のせいで身体が追いつかない。
「レイ様!!レイ様!!!くそっ、身体動けぇぇえ!!!」
連れ去られた。
攫われたー…!!
龍騎士が護衛に付いて何たる失態…!
ロキは重力魔法に逆らって懸命に足掻くが、それでも人並みの動きしか出来ない。脚の筋肉がブチブチと音を立てた。追いかけても、レイの身体に手が届かない。
「!!ーっは!動いた!!」
1時間。
やっと解除された途端に、地面を蹴り上げて上空に高くに飛ぶ。常人ではない飛躍力。
だが、竜族の身体能力を持っても、手は虚しく空を掻くだけだった。
「レイ様!!レイさまぁぁあ!!!くそぉお!!!」
遥か上空に飛んだレイの姿は、あっという間に小さく小さくなり、やがて肉眼でも確認出来ないほどの黒点となって、空に消えた。




