34.
博士は出てきた扉とは違う扉を開けた。中を覗くと、そこはキッチンだった。
リビングもあり、食事をする部屋のようだ。
「緑茶でいいか?」
「変な漢方じゃなきゃなんでもいい」
「そう言われると期待に応えたくなるな」
「普通でいい、普通で!」
タイザーと博士の会話を尻目に、興味津々にレイは部屋の扉を眺める。外観からは想像できない部屋数。一体いくつ部屋があるのか不思議だったが、扉のノブにかかった魔法をみてレイは納得した。
「なるほど…保存袋と同じ仕掛けか」
「…ほぅ」
レイの呟きに、博士はお茶を煎れる手を止め、興味深げにレイを見やる。
疑問が解けてスッキリしたレイは、案内されたソファーに腰掛けた。クッション性の良い座り心地の良いソファーだ。
煎れたお茶を持って、博士も前に腰掛ける。
「地上のもんに会うのは久しぶりだ。お前も魔法を使えるんだろう?」
「人並みにです」
「謙遜するな。こいつの魔力はじぃさんと並ぶんじゃないか?」
「そんな、私は独学だからそんな強くないです」
「独学…?」
「あ、でも博士の論文は熟読していたので、研究テーマの魔法は全て試しました!」
「すべて?」
目をキラキラさせるレイに、博士は不思議なモノを見るような視線を送った。地上にいた時に発表した論文の数をかぞえ、訝しげに眉を潜める。
「さっき、保存袋と同じ、と言っていたな?どういう意味だ?」
「同じだなんて烏滸がましいですが…私も食糧品の保存として、異空間を作り出す魔法を作ったことがあるので」
「…異空間の食糧保存袋?」
「この家は扉が複数ありますが、実際には部屋は無いんですよね?扉のノブにかけられた魔法で、使いたい部屋だけを呼び出している。要は複数の部屋が部屋ごと収納されているんですよね?」
すごいなぁ、とレイは単純に尊敬してほわほわと笑う。
レイが塔の非常食用に使っていた保存袋の、言わば部屋版だ。
使いたい時に、使い、それ以外は仕舞う。
だから、家の外観は張りぼてでも小さくても関係ないのだ。
ポカンとするタイザーを他所に、博士は益々興味深くレイに尋ねた。
「玄関の仕掛けは分かったか?」
「多分ですが…人には指紋と同じく血管構造にも個人情報があります。掌に近赤外線をあて血管構造を読み取り、家族のデータベースを整合する静脈認証…」
そこまではタイザーも知っている情報だったが、レイは当たり前のように続けた。
「と見せかけて、ただの結界ですね?」
「…ほぅ」
博士は口角を上げる。
「玄関扉自体が紛い物です。実際には扉がなく、魔法で見せかけの金属板を映し、家族以外を弾く結界がかけられている。そこに第一のセキュリティとして、掌をかざすこと。そして、第二のセキュリティに姿形の認証魔法をかけている。素晴らしいです。セキュリティ対策として城でも使えば良いのに」
憧れの博士の家は玄関から違うのだと、レイは尊敬の眼差しを強くする。
タイザーは呆気にとられていた。
医術なら師であるタイザーも、魔法ではこんなに力の差があるとは。改めてレイの博識さに、頭が痛くなる。
(この神子様は…底知れねぇな)
そして、案の定。
目の前の祖父は、おもちゃを見つけた子供のような顔をする。
「面白い。珍しくお前が気にいるのも分かる」
博士は、声をあげて笑う。タイザーはタイザーで、お気に入りのおもちゃを取られた気分だ。
「じぃさん…一応『黒龍の神子』様だ。変なことするなよ?」
「変とはなんじゃ。研究と言ってくれ。しかし、この国は好きだが、魔法が使える奴が少なくて張り合いがなかったからの。久しぶりに地上のもんに会えて嬉しいよ」
ズズズ…とお茶を飲む。皺くちゃの顔が朗らかに緩んだ。
「して、今日は何か用件があるのかな?」
「そういや、会わせてほしいと言うから連れてきたが、何か話したいことがあるのか?」
二人の視線が集まって、レイはワタワタした。
我儘を言って、面会の場を設けてもらったのだ。背筋をピンと伸ばして博士に向き合う。
「実は私、この国で仕事をしたいと考えていまして…」
「は?」
「考えている仕事が可能か、博士と相談したくてここに来ました」
タイザーは初耳で目を大きく見開いたが、更なるレイの話に耳を疑った。
レイは自分の持つ精一杯の知識を使い説明した。話が進むほどに、博士の顔は次第にニヤニヤと緩み、反対にタイザーの顔は青ざめる。
説明を終えた後、タイザーはここに来たことを後悔した。
(聞かなきゃ良かった…殿下に知れたら大変だぞ)
タイザーの心情など知らないレイは、説明を終えてドキドキと博士の反応を窺う。
「…どう思いますか?」
「……説明だけでは…いくつか試さないと分からないが…」
博士は回答に迷ったが、この破天荒さ。水路の開拓を共に努めた先代の黒龍の神子を思い出す。研究者にとって、『出来ない』なんて試さないうちから言いはしない。『出来ない』を『出来る』ようにしてこその生業だ。
突拍子もない話は、博士の真髄を奮い立たせるには充分だった。
「やってみるか、若造よ」
ヤル気になった祖父を見て、タイザーは頭を抱えた。連れて来なきゃよかったと後悔したが、時は既に遅く。
後にこの二人の出逢いは、この国の根幹を変える出来事となるのだった。




