32.
外出許可は下りないと先読みしたレイは策を講じた。外出ではなく『野外授業の一環』として説得を試みたのだ。
医学の勉強に関しては、レイの命にも関わることだと、国王自らが促進している。だからタイザーの講義内容に口出すことは誰にも出来なかった。門限は講義の時間内、夕方までとしっかり約束されたが、なんとか外出に漕ぎ着けた。
「…うまく説き伏せたな」
「ふふん。だが、タイザーさんの信用ありきだ。今日はよろしくお願いします」
馬車に揺られながら、タイザーの祖父、ブラウンズ博士の自宅へと向かう。
馬も馬車も遠出も、レイをワクワクさせる。
この国の移動手段は龍の背中だと思っていたが、タイザーに言わせれば『アレは龍騎士の言う事しかきかない』らしい。
龍は気高く崇高な生き物で、人に懐くのは稀だという。龍騎士でさえ鍛錬し信頼関係を築いてやっと乗り熟せる代物らしい。
(なるほど。ササラが懐いてくれたのは奇跡なんだな)
あの、美しい白龍を思い出し、レイはもう一度会いたくなった。ご飯をあげたりできないか、あとでランスロットに頼んでみようと思う。
どれくらい、馬車に揺られただろうか。
王都の街並みから、次第に長閑な田園風景になる。
建物も減り、田舎道が続き、砂利道に入った馬車は大きく揺れ出した。
石を踏むたびに、馬車は上下左右に振動する。
「う…酔いそうだ…」
「三半規管が弱いんじゃねぇか?」
「私は三半規管までも弱々なのか…」
また知った自分の体の弱さに、レイは肩を落とす。
「前から思ってたが…お前はやたら弱々しいのを根に持ってるな。地上では女性は細くてか弱いのが美しいと言うんじゃ無いか?」
「そうなのか?私はずっと引きこもっていたから地上の女性がどんなものか知らない。この国は男性だけでなく女性もみな健康的で背が高くて美しい。私みたいに、ちんちくりんは一人もいないじゃないか。皆大きくてガタイが良いから、余計に自分のひ弱さを感じてへこんでいる」
そもそも、この国に来て鏡を見て、初めて自分の顔を認識したのだ。毎日見るようになった今でも慣れない幼子のような顔つきは、思い描く理想とはあまりにかけ離れていて、他人のようにさえ感じる。
「そういうもんか。まぁ、俺も混血種だから、純血の竜族に比べて背も低いし筋肉も付きにくい。気持ちは分かる」
「なんと贅沢な…タイザーさんは私の中ではガチムチの部類だぞ」
「自分の悩みなんて他人の目から見たらそんなもんだよ。俺はお前の容姿は好きだがな」
むしろ嫌いな奴はいるのか、と思う。
漆黒の髪と瞳を差し引いても、レイの容姿は整っている。本人だけが無自覚なのだ。
(国民にお披露目されたら、信者が増えるだろうよ)
近々控えている儀式を前に、タイザーは面倒事に巻き込まれるであろう未来に溜息を吐いた。だが諦め受け入れる位には、この無自覚な弟子を気に入っている。
「そういえば、混血種というのは今習っている竜族の身体とどこが違うんだ?見た目だとタイザーさんは竜族に近いと思う」
「まぁ、うちは、じぃさん以外は竜族の血だからな。母はハーフで竜族より小さい方だが、孫の俺は見た目で判断できる差は少ない。だが真剣勝負で争ったら到底敵わない。竜族ってのは戦闘に適した身体をしてる。俺は純血の竜族だったら女性や子供にも100%負ける」
「タイザーさんでもか?!」
「おいおい、俺を過大評価するな。そもそも俺は文官だ。争いは苦手なんだよ」
「だから、俺が護衛にいるんっすけどねー」
俺を忘れないでくださーい、と馬車を運転するロキは、前方の車窓から声を出す。
「タイザーさんにレイ様は護れませんから」
「うるせぇ」
「この国に混血種が増えたと言っても、地上の人間は僅かです。この国に住んでる異種族は、鳥人族と妖精族が多いですから」
「え」
「空を飛べなきゃこの国に来れねぇから、移り住んだ歴史的にそうなるな」
「鳥人族…妖精族も、本当に存在するのか…」
「おい、また目キラキラさせてるんじゃねぇよ。過労通達復活させるぞ」
「や、やめてください、ベッド生活はもう懲り懲りだ」
いつもの和やかな師弟の会話を、ロキは心地良く聞いていた。
長閑な田園風景は、いま宮廷で起きている騒動をしばし忘れることができる。ランスロットが城から抜けられないのもその理由の一つだ。
(無自覚なレイ様…)
本来なら外出などしている状況ではないのかもしれない。ロキは今日の責務に喝を入れて手綱を強く握った。




