31.
黒龍の神子が倒れた知らせは、レイの想像以上に国の大問題となった。
過保護な王族達は緊急会議を発足し、王命によってレイはしばらくの間ベッドから出してもらえなかった。初めこそ心配させたと反省して素直にベッドにいたが、それも三日と保たなかった。休め、寝ろと言われても限度がある。
せめて本だけは読みたいと哀願したが、ランスロットは狼狽えながらも書物を渡さなかった。
読み始めたら最後。数時間は夢中なってしまうレイの性格を熟知していたからだ。
過労と診断されたからには今は休息が必要だ、とランスロットは頑なに言う。
だが、ベッドの上生活も5日目ともなると、流石にレイも耐えきれずに抗議した。
お茶を淹れるランスロットは、グッと喉を鳴らす。
「はぁ…レイ様は勉強熱心以前に本の虫なのですね」
「…今まで本が私の世界の中心だったから。本すら読めないのは、こう…胸のあたりがムズムズする」
習慣となっていた礼儀作法の講義も、タイザーとの勉強会も休みとなり、手持ち無沙汰でやる事がない。
だが、自分以外の人達はいつも通りに仕事をし、ランスロットも夜遅くまで政務に明け暮れている。
(過労って…)
レイは自分の情けなさをほとほと実感した。
衣食住、なんでも与えられている生活。生まれてから一度も仕事もせずに、箱入りの引きこもりで、ちょっと無理をしただけで、この有様だ。
一人で考える時間が出来て、レイはこの国に来て悠々と暮らしている自分の甘さを改めて思い直した。
本来なら王宮のこんな良い部屋に何もせずいつまでも居てはいけない。自分は王族でも宮廷で働いているわけでもないのだ。
「今更、そんな当たり前のことに気付くとは…」
ランスロットはレイの身分は王族より高いと言うが、それは何もしない言い訳にならない。なぜなら先代の神子様も宰相という立派な役職で仕事をしていたからだ。
17歳。立派な成人だというのに、この体たらく。これでは塔にいた頃と変わらないではないか。
「この国で生きていくと決めたからには、仕事を見つけないといけないな」
静養の時間は、レイにとって今後の生活を見直すには十分な時間だった。
自分には何ができるだろう。
やっと人並みに礼儀作法を学び、この国の常識を覚え始めた。
まだまだ学ぶ事は多いし、力では竜族には到底敵わない。だがレイにも唯一の得意分野がある。
それは、魔法が使える事だ。
天界では未発達と言われる魔法に関しては、レイの今まで身につけた物が十分に役立つと自負している。
そして、レイが密かに考えている研究テーマ。実現したら、この国の生業として生きているのではないか。
レイは心に決めた。
「よし、ブラウンズ博士に会いに行こう」
「あぁ?開口一番、祖父に会わせろだと?」
「お願いだ、タイザーさん」
容体を診にやってきたタイザーに、レイは頭を下げた。だが、以前と違って、話し言葉も態度も砕けている。
「あの気持ち悪い敬語はやめたのか?」
「あぁ、そもそもタイザーさんは堅苦しいのが嫌いなのだと理解した。タイザーさんには、程よく敬うことにした」
「ほほぉ」
「も、もちろん!タイザーさんは尊敬する先生だ!いつでも敬語に戻すことも可能でございます」
「やめろやめろ。普通でいい」
敬語禁止と言った手前、タイザーに反論する気はない。
(憑き物が落ちたみたいな顔してらぁ)
体調も回復し、医務官としては元の生活に戻って良いと、とうの昔に診断しているが、いかんせん、王命が下ったが為に、通常より長く休養を取らせている。
10日経ってようやく出歩いて良いと言った途端に、コレだ。
「外出禁止って言われるんじゃねぇか?」
「そこは、タイザーさんと一緒ということでなんとか説得する」
「俺をダシに使うな、おい。敬いはどうした」
「敬い信頼してこそのお願いだ」
久しぶりのレイの太々しさに、タイザーはニヤリと笑った。
「いいぜ、会わせてやるが、苦情は受け付けねぇぞ」




