30.
レイが倒れたその日、オスカーは長い時間レイと話をした。そして、先代の黒龍の神子について教えてくれた。
流石は身内なだけあって、内情も含む話は奥深く、数ある伝説はレイの心を踊らせた。噂以上の聖職者に、今ではすっかりレイも先代の神子様のファンになった。
その中で、オスカーは地上の人間の話をした。
「私の両親は地上で捕まり、助ける間もなく処刑されました」
明かされる過去に、レイはオスカーが抱えていた闇を垣間見る。
「竜族の身体がよほど物珍しいのか見世物にされ、遺体すら返してもらえなかった…あっという間の出来事でした。祖父はそれを恨むことはなく、地上との国交により力を入れました。親代わりとし尊敬する祖父でしたが、幼い私には両親を殺された恨みの方が強く、地上との関わりを絶たない祖父の考えだけは理解できなかった。祖父が亡くなり、次の神子様が地上で生まれたと聞いて、内心複雑な気持ちがあったのは確かです。それでレイ様への不敬な態度が許されるとは思いませんが」
事情を知って、レイはやはりこの国の人は皆優しいと思った。
家族が殺されて恨みを抱かない人はいない。自分でも同じ感情を抱くだろう。それでも、地上の人間を受け入れ、話してくれたオスカーに心から感謝した。
オスカーからは以前と違って殺気立った嫌悪感はなく瞳の奥に親愛を感じる。
それは、レイの張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐした。
すっかり夜も更けた頃、ランスロットが花を抱えてやってきた。
「兄上から見舞いの花とお茶が届いています。こちらに飾りますね」
「ありがとう。綺麗な花だね」
白い花で統一された花束が窓辺に綺麗に飾られる。
フリージアにかすみ草にチューリップ。お茶はタイムのハーブティーか…。疲労回復、精神安定のフラワーセラピー…さり気ない気遣いにほっこり胸があたたかくなると同時に、ジェームズ殿下にも心配をかけたのだと反省した。
「オスカー殿も、そろそろ部屋に戻られては?」
「そうですね、長話をし過ぎました。神子様、どうかゆっくり休んでください」
そう和かに微笑み、レイの額を撫ぜる。昨日までの態度とは一変して親密になった二人にランスロットはピクリと片眉をあげた。
「和解されて良かったです。宰相ともあろう御立場でレイ様に偏見を持つなどあり得ませんから」
「神子様の近くにいて、倒れるまで容態の変化にも気付かない木偶の坊に言われたくありませんね」
「ゔ…」
「明日も早朝から仕事がありますので、殿下も部屋に戻られては?」
予想だにしない険悪な雰囲気の二人に、レイは慌てた。
「ラ、ランスは、もう少しここに居てくれ。話したいことがある」
その言葉に、ランスロットは分かりやすく顔を明るくさせる。
「レイ様がそう言うので。オスカー殿は先にお休みになられて下さい」
「…そうですか。神子様、あまり夜更かしはせぬ様に。しばらくは講義もお休み下さい。では私はこれで失礼します」
オスカーは後ろ髪を引かれながら部屋を去った。
その後ろ姿を見送って、ランスロットは思う。
オスカーは元々、熱心な黒龍の神子の信者だ。勿論、レイに友好的なったのは良いことだ。だが逆の心配も出来た。
(あれは…厄介だ…)
一度嫌いになった者に好意を抱くのはよっぽどの心の変化がある時だ。初めから友好的でいるよりも、感情は特別な意味を持つだろう。
さっきの手つき。レイを見る瞳。
この国に熱烈な信者が誕生してしまったとランスロットは思った。
歯止めが効かない盲目者が国の最高位職でいいのか。
ランスロットは新たな悩みを抱えて、寝たままのレイの側に腰掛ける。
「体調はいかがですか?」
「大丈夫だ。タイザーさんも数日休めばいいと言ってる」
「レイ様は頑張りすぎです。オスカー殿の言う通り、しばらくは講義はお休みです。あまり自分を過信してはいけませんよ」
「ごめんなさい。ここに来てから全てが新しく新鮮で学ぶのが嬉しくて堪らない。だけれど、出来ないことも多くて気が張っていたんだな。オスカー様との事もあって、無理をしていたのは反省している」
素直に非を認める。へにゃりと眉が下がった。
「心配してくれてありがとう。オスカー様とも話が出来てよかった。自分でも驚くほど気持ちが楽になった」
「病は外傷だけではありません。それなのに…倒れる程に気を病んでいたとは、レイ様の心の病に気付かず申し訳ありません」
「何を言う、ランスが居てくれるから、私は安心してここにいられるんだ」
心からそう思う。
今日も、目が覚めたときに、目の前にランスロットがいて、どんなに安心したか。
レイは、無意識にランスロットに依存していると自覚して、苦笑した。
「それで話とは?」
先程のレイの言葉を思い出し、ランスロットは尋ねた。
「え…と、その」
レイはモゴモゴと言葉を濁らせる。
レイは夢でみたアルフレッドの話をランスロットにするべきか悩んでいた。あれは夢か現実か。夢見心地で判断がいまいちつかなかったからだ。下手に心配させるもの悪い。
だけれど、まだ胸がザワザワして、今日はどうしてもランスロットに側にいて欲しかった。
「今日一緒に寝てくれないか…?」
「え」
手を伸ばして、ランスロットの腕を掴む。
ランスロットは硬直した。予想だにしなかったお願いに、脳内が沸騰する。
「寝るのが、少し怖いんだ…」
震える手に、ランスロットは自分の脳内妄想を恥じた。夜伽の誘いではない。決してない。と理性を奮い立たせる。
鉄壁の理性を総動員させてからランスロットはレイのお願いに応えることにした。
外は満月が闇夜を照らす。湯浴みを終え、レイはランスロットをベッドへ誘った。
初めてこの国に来た時も、ランスロットが隣で寝かしつけてくれた。ランスロットの側は安心する。広い胸の中に顔を埋めると安心しきったようにレイは顔を緩めた。
一方、ランスロットは胸の中に収まる愛おしい生き物に全身硬直した。
少しでも触れれば、総動員した理性が一気に崩れる気がする。龍騎士の鍛錬で培った精神力がここで発揮されようとは。ランスロットはガチガチになりながらも、レイの安眠の為に優しく体を包み込む。
微睡む意識の中で、レイは言うか迷って打ち明けることにした。
「アルが、夢の中に出たんだ」
「アレが…夢の中に?」
「魔法で、私が眠ってる間に意識をとばしたと言っていた。だが記憶が曖昧で…夢だったのかもしれない」
ランスロットは、レイが眠るのが怖いと言った本当の理由を知った。
なるほど。
夢か現実か、どちらにせよ離れても尚レイを脅かす存在を忌々しく感じる。
「アレは何と?」
「説得したけれど、余計に怒らせてしまった。私を助けに行くと言っていた。助けるってなんだろうな…」
レイの弟の話は、どうしてもランスロットの心を苛立たせる。それを表に出さないように努めながら、レイを安心させるように、頭を一定のリズムで撫でながら黒髪を梳いた。
レイの声は、今にも眠りそうに微睡んでいる。
「レイ様は、今でも地上に行きたいとお思いですか?」
「いや、私はここで生きたいと決めたから…私はアルに何を言われようと…もう戻らないよ…」
ゆっくりと夢の中に誘われる。レイはそのまま瞳を閉じランスロットの腕の中で深い眠りについた。




