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03.

 また、いくつもの朝を迎える。

アルフレッドは最近は少し疲れた顔をしている。笑顔はいつも通りだが、レイは僅かな変化を感じ取っていた。

何度か声をかけようと思ったが、はぐらかされるだろうと聞くのを躊躇う。だがアルフレッドの本日何度目かの溜息を耳にし、レイは思い切って口を開いた。


「アル、どうしたの?」

「え?」

「最近、疲れているでしょう?」


キョトンとしたアルフレッドは、やがて理解して苦笑した。


「何でもないよ。それより姉さんの髪は随分伸びたね。前髪で顔が隠れてしまう。今度切ってあげるね」

「鋏さえ貸してくれれば自分でやる」

「ダメだよ。刃物は危ないから」

「…そうだね。今度頼む」


刃物を自分に渡すのは危険だと弟は言う。この部屋には、鋏をはじめとする鋭利な道具は無かった。

怪我に気を付けると何度も言ったが、頑なにアルフレッドは首を縦に振らない。たしかに実際に鋏が手元にあったら迷わず自分の忌々しい髪を切り落とすと決めているので、レイに鋏を渡さないのは正解だろう。


予想通りはぐらかされ、レイはそれ以上なにも言えなかった。

手が止まったレイを見て、アルフレッドは食事を促す。


「早く食べて。今日はあまり長く居られないんだ」

「なら、もうお腹いっぱいだ。持って行っていい」

「パンひとかけで、お腹いっぱい?俺に嘘を吐くなんて、姉さん俺を馬鹿にしてるの?」


あ、まずい。

レイは後悔した。


アルフレッドを想って言った言葉が、裏目に出てしまった。

アルフレッドは、嘘を酷く嫌う。

そして時折、こうして気持ちが不安定な時がある。


「馬鹿になんかしていない。ごめん。ただ忙しいアルの時間を、私なんかに使う必要は無いと思って」

「俺との時間が必要じゃないって?俺が居なきゃ、ご飯も食べられない姉さんが?」

「だから、日持ちのする物をまとめて置いてもらえればいいって前から言ってる」

「俺が来るのが迷惑だって言いたいの?」

「そうじゃない、アルが疲れてるから」

「煩いな!」


アルフレッドの大きな声にビクリと肩が震える。威圧的な空気に恐怖を感じてしまう。弟なのに。アルフレッドなのに。

レイは止まった呼吸を意識的に繰り返した。


自分と違い、アルフレッドには外の世界で様々な物事が降りかかっているのだろう。

卒業を目前にした今は、きっと環境が大きく変わる時期。

不安な気持ちもあるのだろう。

だが、体格差の開いた弟が時折見せる威圧的な態度に、レイは身を縮こませる。怖いと思ってしまう。


顔に出ていたのだろう。アルフレッドは、ハッと我に返り、無意識に距離を取ったレイの腕を掴んだ。

これ以上離れるな、というように力強く。


「ごめん、姉さん。そうだね、姉さんの言う通り疲れているのかな。あぁ、そんなに怖がらないで。お願いだから俺を拒絶しないで」

「アル…」

「駄目だよ。姉さんは俺から離れちゃ。そんな顔を向けちゃ駄目だ。姉さんは俺が居なきゃ生きていけないのだから。俺を拒絶することは許さない」


それは哀願から、やがて命令になる。

レイは抱き込まれる手を拒む事はしなかった。

アルフレッドが落ち着くまで、撫でられる背中も愛撫のように触られる髪も、ただされるがまま。

15歳を過ぎた頃からか。元々優しかったアルフレッドのスキンシップは、父上が母上を愛でるように、まるで小説の中の恋人のように、親密さが増した。

体格差のある今では、スッポリと抱き込まれてしまい、アルフレッドの腕の中からは容易には抜け出せない。

最初こそ戸惑っていたレイだが、しばらくすると心を落ち着かせ、微笑みを見せるアルフレッドに、自分が少しでも役に立つならと甘受している。


数分経って、アルフレッドはレイを解放した。先程より優しい空気を纏わせて。


「あぁ、こんな時間だ。今日はもう行かなきゃ。ご飯は置いていくから全部食べるんだよ」

「…分かった」

「それじゃ、行ってくるね」


にっこりと微笑みを貼りつけて、アルフレッドは去っていった。

姿が見えなくなったのを確認し、レイの身体から一気に力が抜けた。

唯一会える人間の、実の弟に恐怖心を抱くなんて。

レイにはその心の変化がとても怖かった。なにも根拠はないが、大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

レイの小さな世界では、アルフレッドの存在は大きすぎるのだ。

怖いだなんて、思ってはいけない。


 残されたパンと、林檎一切れをレイは食べずに魔法をかけた。パンの周りを真空に、林檎は永久冷凍し、引き出しに隠した袋の中に入れる。袋の中にも魔法をかけており、中はブラックホールのように広く時間を歪める魔法をかけているので食べ物が腐らない。いわばいつでも取り出せる食料袋といったところか。

これもアルフレッドには内緒にしている事柄の一つだ。

もし、この部屋に誰も来なくなった時に、レイは餓死しないためにも食べ残しをこっそりと取っておいている。あくまで保険。そう思って始めた事だが、最近のアルフレッドの心の不安定さに、いつ何があるか分からないとレイは思っている。

外の世界で何が起こっているのか。

レイには知らない世界は、それでも日々移り変わっている。油断してはいけない。結界がいつ壊されて、自分が処刑されるか。家族に見捨てられる日が来るか。

未来は未知で誰にも分からないのだから。

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