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25.

レイはこの日、猛烈に反省した。

部屋に戻ってからも溜息しか出なくて、自分が思っている以上に、オスカーから受けた反応がショックだったと実感する。

忌み子として、いつ殺されても可笑しくない環境にいた癖に、現実に忌み嫌われると、悲しみが強くなる。

頭では分かっているつもりだったが、嫌われるのは辛い。


「この国で生きていくと決めたのに、情けない…」


ショボくれていたレイを見て、その場に居ず話だけ聞いたロキは酷く驚いて、ずっと慰めてくれた。


「レイ様、元気出してください!オスカー様は人よりちょーっと癖があるので、上手く付き合う方が難しい人です。気にしない方が身の為ですよ」

「ありがとうロキ。でも、私はとても反省している」

「え、なんで?」

「私は敬語も話せない教養の無さだ…女らしくもなく、しかもランスロットに抱き抱えられるちんちくりん…呆れられても仕方ない」

「うわぁ。オスカー様はレイ様の気にしてる事を的確にぶっ刺してきたんですね」

「うぅ…」


レイはコンプレックスの真髄を槍で突かれたようなダメージを受けていた。


「俺は先代の黒龍の神子様に会ったことないので、それほどギャップ感じなかったですけどね。第一、地上の人間なら竜族より小ちゃいと予想はしてたし、レイ様はイメージ通りだったっす!」

「そうなのか?ロキは先代を知らないのか?」

「俺が生まれる前に亡くなった方なので、知ってるのは噂だけですねぇ。聞く話によれば漆黒の髪と瞳以外、レイ様とは正反対。筋肉ムキムキでランスロット殿下より長身で…ほら、あの山の岩は神子様が投げ飛ばしてそこにあるっていう伝説があるくらいです」


指をさす窓の外。異質な形に岩がのった岩山だ。形が独特で、確かに伝説ができるのも納得だ。


「今ある水路を開拓したのも、神子様だそうです。政経にも熱心で博識な方だったと聞いてます」

「そうか…」


聴けば聞くほど、自分とは正反対。

いや、比べる方が失礼だ。とレイは思った。


先代の黒龍の神子に勝とうだなんて思わない。だがレイにも思うところがある。


「身体の造りは竜族に劣るのは仕方ない。だが、敬語は話せるようにしよう。そうだ、しばらくは、ランスの言葉をマネしよう!」

「えー…レイ様はそのままで大丈夫ですって」


そんな押し問答の中、ランスロットが部屋にやって来た。

少しだけ、スッキリした顔をしている。


「レイ様、今日はオスカー殿が失礼しました」


ランスロットは、国王に今日の事の次第を話し、ばっちり告げ口をしてきた。

日頃の上司への不満を発散させて、清々しい気持ちでいる。


早速、作法のお手本が現れたので、レイはしどろもどろに話す。


「ランス…いや、ランスロット殿下」

「え」

「もっと女性っぽくがよいか…今日はワタクシの方こそ失礼しマシタワ」

「え」

「これからは立場を弁えていく所存でアリマスル」


ランスロットは固まった。

信じられない、と唇を震わせる。

ロキは(あちゃー)と頭を抱えた。


「やめて下さい!そんな壁を作ったような話し方!」

「いや、デスガ」

「レイ様はそのままでいいのです!」

「ぬ。ロキと同じ事を言うのか、その口は。そもそもランスはいつまで経っても私に敬語じゃないか!」

「私は癖なので」

「私も癖になる程には身に付けるべきだ。そう今日思った」


眉が八の字になるレイ。


「今日のことは、レイ様が気にすることではありません」

「いや…違うんだ。聞いてくれ、ランス。私は皆に好かれようなどとそんな贅沢な事は思っていない。そんな打算的な理由で言ったんじゃない」


分かってはいたんだ。

だが、皆の大丈夫だと言う言葉に甘えていた。

レイはずっとアルフレッドとしか会わない小さな世界で育ったのだ。目上の人と接する機会が無かった。母以外に異性とも話す機会も無かった。小説の中でしか知らない敬語という話し言葉を必要と感じた事は今までの生活で無かったのだ。

だが、そんな言い訳で後回しにしていた現実の壁を目の当たりにした。自業自得だ。


この国に来て、沢山の出会いをした。

以前とは違う。

新しい出会い、新しい環境にいるからこそ、今までの考えでは駄目なのだ。


「私はこの国に来て沢山の恩恵を受けた。この国が好きだ。この国の人が好きだ。この国で生きていきたい、そう思った。誰からも好かれたいなどと傲慢な考えはないが、何もしないことで嫌われるのはただの怠惰だ。だから私は好かれる努力を惜しむ気はない」


悲しい顔をしながらも、レイの口から出るのは前向きな言葉だった。

その言葉は余りに意外で、ロキは感嘆の声をあげた。


「レイ様、かっけぇ」


ランスロットは自分の懐の狭さを垣間見た気がした。

レイは怒りは愚か、不満も言わない。自分を恥じ、前に進むための努力に変換する。

この国に来てから、いつもそうだ。

常にこの国の常識を知りたいと、自ら動き学び吸収する。

この姿の何処が、先代の神子に劣ると言うのか。

オスカーの目の前に突き出して訴えたいものだ。


「レイ様…」


ランスロットは、眩しい光を見たように目を細めた。まるで初孫が初めて一人立ちしたことを喜ぶような顔だ。

その様子にレイは慌てて手を前に突き出し、待ったをかける。ランスロットはレイに甘すぎて、何も成し得てないのに褒める。

だが、それは違う。


「そこで、ランスに頼みがある」


レイは心に決めた事がある。


「だれか礼儀作法の講師を頼めないか?」

「え」

「時間がある時でいい…お願いできないだろうか?」


思わぬ提案に、ランスロットは褒めかけた言葉を呑み込んだ。

王族には掛り付けの教師が複数人いる。

レイの願いとあらば、頼まずとも願い出る者も多いだろう。

だが、心配な事が一つ。


「医学の講義でいっぱいでは?」

「もちろん、タイザーさんとの勉強を優先させたいから時間は被らないようにお願いしたいが…、難しいだろうか?」

「いえ、時間の都合はつけます」

「本当か!ありがとうランス!」


レイは弾ける笑顔を向けるので、ランスロットは、うっと胸を抑え、言うべきことが吹っ飛んだ。

喜びの笑顔は、一番のご褒美なのだ。


だが、ロキは冷静に思った。今でもタイザーとの講義以外に、様々な本を読破しギチギチのスケジュールで学んでいる。

そこに追加講義。


「レイ様…ハードスケジュール過ぎません?」

「何を言ってるロキ。そもそも私は仕事をしていないんだ。忙しいわけないだろう」


不思議そうに、首を傾け笑う。

それほど負担に感じていないならと、ロキも咎めるのをやめた。





その翌日から早速礼儀作法の講師達がやってきた。

礼儀作法と言っても、言葉遣いだけでなく、立ち振る舞い、食事マナー、儀式作法、ダンスから、歩き方、お辞儀の仕方、手先の使い方まで事細かくあった。

それぞれに担当の講師が付き、付きっきりで教えてくれた。

レイは与えられる膨大な情報に必死にしがみ付く。

知識として覚えるのは慣れていたレイだが、動きの伴う作法には苦労した。

初めのうちは、あまりの出来なさ加減に毎日自信喪失で落ち込んでいた。

それでも時間を作って教えてくれる講師達に、感謝しながら何度も何度も練習した。


言葉遣いも飛躍的に上達した。

学べば学ぶほどに、今まで自分は目上の人に対して無礼過ぎたと、再び後悔に苛まれたが、もう後の祭りだと、気持ちを入れ替える。


覚えた事を実践すると、毎日の食事や人との会話、廊下の歩き方まで、変えることばかりで、常に神経を張り詰めていた。


勿論、タイザーとの勉強の時間は変わっていない。毎日与えられる分厚い課題本を夜遅くまで読み耽り、あっという間に月日は経った。


あの日から、一度もオスカーには会っていない。元々、宰相は政務で忙しくて会う機会など無いのだから当たり前だが、敢えてレイも避けていた。

苦手意識も少なからずあるが、単純に今はまだ早いと思ったのだ。

何も出来ない。何も知らない。何も役に立たない。

先代の黒龍の神子に比べたら、自分がいかにちっぽけで何も無い人間か、レイは理解していた。


あの日から、ずっとずっと、神経は張り詰めている。

それは無意識で誰も気付かない、レイの奥底に生まれた不安だった。


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