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24.

 今日は骨の構造を勉強していた。

医務室にある骨格標本は竜族の物で、レイは自分より大きな骨をマジマジと見る。骨なのに、自分の腕より太いってどういう事だ。タイザーの言う通り、地上の人間と竜族では身体の作りが違う。関節も人間とは違う方向にも曲がると聞いて、レイは目を丸くした。


「足首はそんなところまで回るのか…」

「そうだな、竜族では当たり前だ。だが筋との関係もあるから、骨だけでは一概に説明できない。よし、来週は筋肉についてやるから、骨の構造は頭に叩き込んでおけよ」

「分かった。あ、ちょっと今のところで止めてくれ。絵でメモをする」


レイは文章では覚え切れずに絵を描く。

だが、それを見たタイザーは言葉に詰まった。


「ん?」

「…それは、やけに前衛的な絵だな…」


レイの描いた骨格は、なんとも言い難い絵だった。蛇のようなニョロニョロした形に、吹き出しで「ここが大事!」とコメントがある。なんのゆるキャラだ。タイザーは声を押し殺して笑いに耐える。

レイは笑われているとも知らずに至って真剣だ。

なんでも卒なく熟すレイは、絵がド下手くそだった。


「…」

「タイザーさん?どうした、トイレでも我慢してるのか?」


ふるふる肩を震わせているタイザーに、コテっと顔を傾ける。至って真面目なレイの様子が可笑しくて堪えていた笑いが吹き出した。

毎日行われる勉強会は、いつも和やかだった。

面倒臭がりのタイザーも、今は勉強熱心なレイに好感を持っていたし、レイもこの国を受け入れて、この国で生きていこうと決めてからは、前向きに勉学に励んでいた。


この日、突然の来訪者がやってくるまでは。


勢いよく扉の開く音がした。


レイは驚いて、反射的に扉の方向を見る。

扉の前に立つのは緑の長髪に眼鏡の紳士。初めて見る顔だった。

怪我人だろうか。


タイザーとの勉強会は怪我人が来れば中断する約束なので、レイは勉強道具を片付けて身を引こうとする。

すると、その後ろに見えた馴染みの顔。

ランスロットだ。


「ランス、怪我をしたのか!?」


ここに来た理由はそれしかないと心配になる。

レイは慌てて扉に向かった。

そのすれ違う瞬間、長身の男は呟く。


「神子様…?」


レイは顔を上げた。身長差で首が痛い程上にある男の顔は、困惑気味に瞳を揺らしていた。

はじめまして、の人だと、レイは頭を下げる。


「こんにちは」


ペコリと礼をして、ランスロットの元に駆け寄ろうと足を進める。だが、その身体は男の手によって制された。

前に立ちはだかった男は、膝を折り、レイと同じ目の高さになる。

男は、恐る恐ると手を伸ばし、レイの顔に触れようとする。

レイは訳もわからずランスロットに助けを求めて視線を向けるが、ランスロットは石像のように動かない。


「…神子様だと?…これが?」


ランスロットはオスカーの表情を見て、事が恐れていた方向に転じたと察した。


ランスロットはすかさずレイの腕を掴む。

オスカーがレイに触れるより前に、勢いよく身を翻しレイを背後に隠した。

オスカーと瞬時に距離を取る。

危険だ。

そう思った瞬間、部屋を纏う空気が一変した。

広がる殺気。

緊迫した空気。

わなわなと震えるオスカーは、明らかに敵意を向けていた。

理由は分からないが、威圧的な空気を察してレイはガタガタと震える。

立っていられない。

恐ろしい。

怖い。

怖い…!


「…オスカー殿…その殺気をしまって下さい」

「……」

「オスカー殿!!」

「!」


ランスロットの言葉にようやく我に返ったオスカーは、困惑の空気を纏わせて殺気を仕舞った。

緊迫感で息が詰まりそうになる。

戦闘種族である竜族の殺気は、本気を出せば野生動物でも気を失わせると聞く。直に当てられた殺気にレイの膝は笑っている。立っているのがやっとだった。


「おい、オスカー。てめぇ、人の島で病人増やすんじゃねぇよ」


緊迫感を破ったのは呆れた顔をしたタイザーだった。

レイの元に駆け寄ると、いつものように大きな手で頭をクシャクシャに撫ぜる。安心しろと言っているようだ。レイの真っ青な顔にゆっくりと血が巡る気がした。


「おい、なんとか言えバカやろうが」

「…」

「おい!」


タイザーの言葉にオスカーはハッとし、眼鏡を上げた。


「失礼、取り乱しました。そうですか、貴女が新しい『黒龍の神子』」


スッと目が細められて、その瞳の奥には嫌悪感が見えた。

レイは人の感情に対して鈍いと言われるが、これ程までに敵意剥き出しにされては、流石に分かる。好意的ではない相手に歩み寄るなど無理だった。

だが、挨拶もしていない。

この国の宰相、オスカー。

先代の黒龍の神子の血縁者には、ずっと会いたいと思っていたのだ。

レイは頭を下げた。


「貴方がオスカーさんか。初めまして、レイ・フォン・ファルセンという。よろしく頼む」

「敬語もまともに使えないのですか。この神子様は」


ビクリと肩が震えた。

この国に来て、初めて味わう敵意。

当たり前のように迎え入れられたから、勘違いしていた。やはり、ダメだなと思う。レイはこの国で調子に乗っていたのだと実感した。


「すまない。敬語は勉強する」

「…そうですか」

「そういうてめぇは、挨拶されて返事もねぇのか。宰相サマは偉そうなお立場なんだなぁ?」


やり取りが気に食わないタイザーは、鼻を鳴らして反論した。


「アナタが庇うなんて珍しいですね」

「てめぇのそんな態度も珍しいがな」

「少々…いやかなり…動揺しました」


普段冷静なオスカーには珍しく、動揺が激しい。とにかく危険だ。力のある竜族は、理性を失ったら何をするか分からない。

ランスロットはレイの身を守ろうと抱き抱えた。

その様子も、オスカーには目を見張る光景でしかなかった。


「抱き抱えられる…神子様だと…?」

「オスカー殿…」

「駄目だ…信じられない…日を改めます」


ヨロヨロと千鳥足でオスカーは去っていった。途中壁にゴンゴンと当たっている。

オスカーが去った後もレイの顔はまだ強張ったままだった。

とても緊張した。

そして怖かった。

情けなくも、当たり前のように抱き抱えられているランスロットの腕にギュッと力がこもる。


「何だありゃあ、失礼な奴だな」


頭を掻きながら呆れたタイザーは言った。

元々、頭の堅い宰相と権力に屈しない医務官は気が合わない事で有名なのだ。

人の職場に乗り込まれ、可愛い弟子を威嚇され、タイザーは苛立ちを隠せなかった。


ランスロットも、先程までのやり取りを信じたくないと首を振る。

溜息しか出ない。

最悪だ。

黒龍の神子の盲目的な信者で、国の最高位職に就くオスカーが、まさかレイを受け入れないとは。

これは国の一大事だった。


「レイ様、同胞がご無礼を…」

「…いや、これは当たり前だ。皆が私を受け入れるなんて幻想は初めから抱いていない。ただ、驚いてしまった。すまない」


レイはやっと足に力が入り、スルリとランスロットの腕から降りた。

冷静になって思う。

こんな事で悲しんではいけない。


「挨拶もまともに出来なかった。やはり敬語を勉強しなくては…宰相様に対して無礼だったな」

「いえ、そもそも本来であればレイ様の立場は宰相殿と比較にならない存在です。貴女が恥じる必要はありません」

「言葉遣いがなんだ、あいつの態度に比べたら表彰もんだ。アレはねぇ、アレは」


いきなり現れ、勝手にショックを受け、初対面の神子に殺気を当て、挨拶も返さない。

ランスロットも改めて思い返して、(確かにアレはない)と思う。

レイ贔屓なランスロットは、龍神様と国王にチクろうと強く心に決めたのだった。

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