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22.

想像と違って親近感のある龍神様との謁見が無事終わった。緊張した。だけれど今までにない懐かしさと愛おしさを感じた。反面、地上の家族との溝は深まった。

真実を知って、何も知らなかった以前のように家族を愛せるか、と言われると即答できない。

龍神様との出会いは、レイの人生観を確実に変えてしまった。


皆に『無知』と言われるのも納得だ。自覚する。

レイは、この先どうすればいいのか、気持ちが纏まらずに霞の中を行くような気がした。

暗い顔をしていたのだろう。

ランスロットはレイの隣で、何か思い詰めた後、とある提案をした。


「レイ様、散歩に行きましょう」

「…さんぽ?」

「連れて行きたい場所があるんです」


ランスロットは三白眼を細め、手袋をした手でレイの手を取る。

部屋とは真逆の廊下を歩き、やがて広間に出る。龍が通れる程の巨大な扉が開かれると、そこには広大な平地が広がっていた。

目を奪われた。

沢山の龍が飛び回っていたからだ。

赤、青、茶色の龍達が空を飛んだり、草木の中で寝ていたり、自由気ままに過ごしている。

城の近くにこんな広大な龍の住処があったとは。

その中に、いつしかの白龍が見え、ランスロットを目で捉えると翼を煽りながらゆっくりと近づいて来る。遠くでは小さく見えた白龍は、近付く程に巨大な姿を現す。

艶やかな鱗が美しく、レイは懐かしくウットリした。

白龍は二人の目の前に翼を下ろすと、長い首を伸ばした。


「また会えたね」

「この子もレイ様を大層気に入っています。懐かれてますね」

「それは嬉しい。この子の名前はなんて言うの?」

「ササラです」

「え、ササラ?」


いつしか自分が名付けた紙人形と同じ名前に驚く。そういえば、あの時もササラのお陰でランスロットに会えた。

もしかして、縁があったのかもしれない。


「ササラか。可愛い名前だな」


手を伸ばすと、撫でてというように顔を近付けてくる。身体の大きさを感じないくらい愛らしい。

鼻の頭を撫でると、満足したようにエメラルドの瞳を細めた。


「さて、レイ様。行きますか」

「え、ここが目的地ではなかったのか」

「着いてからのお楽しみです。乗ってください」


ランスロットはレイを抱き抱え、ササラの背に乗った。

相変わらず赤子のように軽々と抱き上げるから、レイのプライドはズタボロだ。


ササラは何も聞かずとも意志の疎通が出来ているのか、翼を大きく羽ばたかせ上空に飛び上がる。

以前乗った時は、塔を出た後で頭が混乱して記憶が曖昧だった。だが、今回改めて空を飛ぶと興奮でアドレナリンが大放出する。


「た、高い!」

「しっかり捕まってて下さいね」

「すごいな、これは。気持ちがいい」


風を良くよみ、泳ぐように空を舞う。風圧は気持ち良く頬を撫でた。

レイを乗せているから気を遣っているのだろう。緩やかに飛ぶササラの背は、乗り心地が良く安心する。


「あそこが城下町の市場です」

「わ、すごい人だ」

「今度一緒に行きましょう。あれは教会。この国の祭典はあそこに集まるのですよ。あの建物は学校です。あぁ、ちょうど剣術の訓練をしていますね」

「頑張っているな。生徒もあんなに多いのか」

「この国では学業と武道は義務教育の一環ですから」

「国に教育の土台があるのは素晴らしいな」


眼下に見える様々な風景を説明してくれる。

知れば知るほど、レイはこの国の基盤レベルの高さに感嘆する。

地上では、貧富が激しく子供の教育は階級の高い貴族しか受けられないと聞いた。義務教育など根付いていなかった。

平等な教育が国の基礎を高め豊かにすると、レイは常々思っていた。その理想がこの国には当たり前にある。


「近々、レイ様のお披露目を行います」

「…それは、やはり決定事項なのか…?披露目るほどの器ではないのだが」

「レイ様が思っている以上に、この国はレイ様の帰還を待ち望んでいましたから。民は皆、レイ様に会いたがっています。これだけは譲れません」

「…わかった」


ここに来てだいぶ経つ。もう先延ばしには出来ないのだろう。


「大丈夫です。披露目と言っても大抵の事は私達王族が進めます。レイ様は、少しだけ民の前に顔を出していただければいい」

「そんな事でいいのか?それならば何とか出来そうだ」


甘えてばかりだが、ランスロットを始めとする王家のサポートは有難い。

レイも苦手なことも頑張ろうと思う。



どれほど空を飛んだだろうか。

しばらくすると、青色に輝く何かが見えた。

それは近付く程大きくなる。

木々をかき分け、ゆっくりと地に降り立つ。

目の前に広がる広大なコバルトブルー。


「ここは…?」

「この国の唯一の湖、ロワシールド湖です」


初めて見る湖。周りには木々が生い茂り、緑と青のコントラストが美しい。レイは言葉も忘れて見入っていた。

しゃがみ込んで水に手を入れる。透き通った水はレイの手をひんやり冷やした。


「水は貴重だと聞いた。以前言っていた地上の水はここで吸い上げているのか?」

「そうです。ここは国の貴重な水資源なのです」

「綺麗だな、初めて見た」


風が吹くと水面が揺れる。それは日の光に反射しキラキラと輝く。

レイは心が洗われるように、頭の中がすっきりと冴え渡った。

悩み事も苦しかった過去も、この風景を見れたらちっぽけのように思える。


横を見ると、視線を感じたランスロットは優しく微笑み返す。

胸があたたかい。

レイは素直にここに来れて良かったと思った。

ランスロットが隣に居てくれて良かったと思った。


自分の存在意義や価値など分からない。

ただ、今思うことは、ひとつ。


「私はこの国が好きだ」


ランスロットが連れ出してくれて、新しく広がった世界。

何もが覆ったこの世界の中でレイは思う。


「私はここに居たい」


自分の存在を知り、ここに居ても良いと言ってくれた。迎え入れてくれたこの世界と、この国の人達に、自分も出来ることを返したい。

前向きに未来を見る事ができる。だから今だからこそ言える。


「ランス。私をここに連れてきてくれてありがとう。私に自由を与えてくれてありがとう」


伝えなければいけないと、レイは思った。

ランスロットの手を取る。手袋を外すと、レイを気遣って手を強張らせるランスロットは、やはり優しいと思う。

素手で触れた手を両手で持ち、祈るように額に触れた。


ランスロットは、黒龍の神子を探して会えたことを奇跡と言った。だが、レイにとっても奇跡。ランスロットに出逢えた事は人生最高の奇跡。


「ランスに会えて良かった。私はランスが好きだよ。感謝している。ありがとう」


レイはこの時、この瞬間、この場所で、自分の人生の時計が動き出した。

止まっていた十七年の時が、この時初めてレイの意思で歩み始める。


レイは決めたのだ。

この国で生きて行こうと、心に強く誓ったのだった。

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