20.
初めての龍神様との謁見の日。
隣にランスロットが居ても、緊張で身体はガチガチだった。普段緊張する国王様ですら今は心の拠り所だ。
宮殿の大広間。
国王とランスロットとレイは、祭壇を前に龍神様を待つ。
「レイ嬢。話は聞いた。弟君はかなりの曲者のようだ。ことの次第をレイ嬢から龍神様に話をしてもらえるか?」
ランスロット視点で伝えられたアルフレッドの印象は最悪なのだろう。
ランスロットに睨みをきかせるが、これに関しては首をそっぽに向けてツーンとした態度を取る。ランスロットも大人げない。
「それは構わない。ランスの話だけで判断されるのは私も思う所があるからな。だけれど国王様。私は礼儀作法も知らないし、こんな言葉遣いだが大丈夫だろうか?」
「気にしなくても大丈夫だ、レイ嬢。龍神様は寛大なお方だからな」
寛大と聞いても、地上に思う存分雷を放った話を聞いた後だ。にわかに信じがたい。
だが、今更礼儀作法を改めるには時間がなさ過ぎる。いつも通りでいいというランスロットの言葉を信じ、レイはこの日を迎えた。
予定の時間になった頃、祭壇前のステンドグラスが神々しく輝き出す。
それは光を纏った龍の形をしていた。
レイはあまりに眩しくて目を閉じる。
次第に現れる人の姿。
それは、光がゆっくりと静まると共に、はっきりと現れる。
人型となった龍神様は、白く長い髪と対照的な漆黒の瞳をしていた。
風圧を纏って長い髪が揺れる。
人間とは違う小麦色の褐色の肌。背丈は竜族と変わらないが、線の細さが竜族と違い儚さを感じた。
神聖。
その印象に尽きる。
神には性別が無いという。龍神様も見た目では中性的過ぎて、性別を感じなかった。
発した言葉も透明感のある声だったが、発した内容は、レイの想像と違った。
「レイー!会いたかったよ!」
龍神様は、レイの姿をとらえ、突進しながら思いっきり抱き付いた。
これには、レイも驚いて何も出来ずに衝撃を受け止める。
背丈は竜族と変わらないので、レイの身体は龍神様の中にすっぽりと収まってしまう。
収まるどころか、持ち上げられて子供をあやす様にクルクルと回り出す。
「え、え?」
「レイにやっと会えたよー!嬉しいなぁ」
「龍神様!レイ様の目が回ってしまいます!」
「親子の再会だよ?そんな小さなこと気にしない!」
「め、目が…」
「レイ嬢、気を確かに!」
しばらくしてようやく渋々と床に降ろされた時にはレイの世界は回っていた。それでも龍神様はレイの身体を離さず抱き上げ膝の上に抱え込んだ。
スキンシップ過多でレイは困惑する。
これは聞いていなかった。聞いていなかったぞ。
レイはランスロットに目配せすると、ランスロットはスッと目をそらす。敢えて言わなかったのだと悟った。
抱えられた背後から嬉しそうな声がする。
龍神様に迎え入れられているのは間違いない。
「龍神様、はじめまして」
「会うのは初めましてだね。地上の子はこんなに小さくて可愛いのか。竜族の背丈に慣れていたから新鮮だ」
グリグリと頭を撫でられ猫可愛がり状態だ。
国王様もランスロットも見慣れた態度。きっとコレが当たり前の光景なのだろう。
イメージと違った。と思いながらも、レイ自身も龍神様もいう神様に勝手なイメージを持っていたのだと反省する。
それに先程の言葉に引っ掛かりを覚える。
「龍神様。『親子』の再会とは、あまりピンと来ない」
「そう?レイは私の子だ。間違いではないよ?」
「だけれど…私には父も母もいる」
「おや、…そんな事を言う子は初めてだね。そうか、地上の生活が長過ぎてしまうと、そんな感情が芽生えてしまうのだな」
龍神様の目はスッと光を無くした。
「孕み袋如きが、私の子を十七年も監禁するとは忌々しいね」
鋭い眼光に、レイの背筋は冷えた。
一変して、温厚な空気は凍りつく。
「龍神…さま」
「おっと、私とした事が、つい感情的になってしまった。初めての印象がこれでは悪くなってしまう」
途端に元の明るい空気に戻る。
だが、先程の威厳はやはり神だ。背後の圧倒的な存在感に、レイは少し怖くなる。
レイの怯えが伝わってしまい、龍神は眉を八の字に下げる。
「そんな顔しないで。寂しいじゃないか。私にも感情がある。産み子が、なかなか見つからずに十七年も会えなかった。その理由も地上の人間が意図的に隠してたと言う。怒らない訳は無いだろう?」
龍神様の立場では見方が違う。子を奪われた立場でモノを言う。反論したいが、見方は違えど決して間違いではないので、レイは何も言えない。
「この国に生まれてほしかったが、私にもコントロールできないのだ。悪かったね、辛い想いをさせてしまった。数百年に一度地上に生まれる子は居たが、すぐに迎えに行っていたから、こんなに長い間会えなかった子はレイが初めてだ。本当に会いたかった。可愛いね。愛おしくて堪らない」
そう、レイの頬を包み込み愛おしさが溢れんばかりに微笑む。美しい笑みに全身が震えた。不思議な感覚だった。レイの中の本能がこの神を親と感じるのだ。
「龍神様…」
「リオウと呼んでくれ。私の愛おしい子」
肩書きを取っ払ったリオウはより一層強くレイを抱きしめる。
生み落としたと言うが、レイは確かに人間の母親から産まれ、血を分けた弟もいる。この世界の常識は分からないが、この人も親なのだ。本能を素直に受け止める。
「さて、これからの事を話し合おう。レイは探知魔法で怪我をしたそうだね?」
「…あ、いや」
「隠しても意味はないよ。私にはミえるからね。それに、レイの居場所を知っても、私の結界に守られたこの土地に、踏み入れることは許さない。安心してくれ」
「リオウもそう言うのか…。アルは弟だから、出来れば優しくしてほしい」
「え?何を言ってるの?」
リオウは目をぱちくりした。
突拍子もない冗談を聞いたように笑う。
「私が地上の者を許す訳ないじゃない。ましてや優しくしろって?無理無理、レイは可笑しな事を言うなぁ」
驚く程に気持ち良く否定された。
全否定だ。今度はレイの方が目をまん丸にする。
神様って、全てに慈悲深いものだとレイは勝手に思っていた。違うのか。許せないと言うのか。
だが、不思議な話だ。過去の話を聞く限りレイは思うのだ。
「リオウは過去にも地上に子がいたのだろう?地上の子にも親がいる。それなのに、リオウの子だからと人間の親から子を取り上げたと言うのか?見方を変えれば、それこそ愛おしい我が子を取り上げたリオウが悪者になる」
「……本当に可笑しな事を言うね、レイは」
リオウはうーんと、顎に手をあててうっそりと微笑む。
これには国王も間に入った。
「レイ嬢、それは誤解だ。地上では黒髪黒目は死刑という馬鹿げた法律がある。今まで地上の親は生まれてすぐに子を捨てるのが常だった。過去に龍神様が無理矢理、子を取り上げたことは一度も無いのだよ」
「そういう意味ではレイは特例だったね。まさか生かして隠すとは思わなかったから」
「そ、それならば」
それならば尚更だ。
自分の命を守ってくれ、切り捨てなかった親と世話をしてくれた弟を、何故そこまで忌み嫌うのか。
筋が通っていないと困惑する。
ランスロットが自分の家族を嫌っていることは以前から知っていたが、ここでは3対1で劣勢だ。単純に疑問で分からない。
すると、リオウはレイの頬を両手で包み込み、ジッと目を合わせた。
真顔で言う。
「レイは、愛されていたと信じているのかい?」
「え?」
一瞬何を言われたか理解できなかった。
「レイは無知すぎて可愛いね。そこまで言うなら教えてあげよう。レイの父親は打算的でね。生まれたレイを国の交渉材料の手駒にとっていたのだよ。地位を守る為の保険としてレイを生かしていた。母親も酷いものだ。一緒に生まれた弟の世話ばかりで塔に幽閉したレイには一度も乳も与えなかったね。育てた乳母は用済みになったら口封じに殺された。だが、そんなことより弟だ。アレは酷くレイに執着している。弟の域を越えているよ。きっと手篭めに思い通りになるレイを所有物とでも思っていたのか。両親にレイは死んだと偽っていたことは聞いたね?それだけじゃない。一生飼い慣らす手立てを着々と進めていた。塔にかけられた結界魔法はね、外からの侵入やレイを守る為のものじゃない。レイが一生出られないようにする為のものだよ。侯爵という地位がアレを自由にさせすぎた。今、アレがどうなってるか知りたいかい?」
言葉を発せないままのレイを受け流しリオウは続けて言った。
「アレはレイがいなくなった後、親を断罪して侯爵家を継いだ。正式な家督となったことで権力を得たアレは、国の騎士を集め、この国に戦争を起こすと言っている」
「アルが…?」
「私達がレイを探すために起こした戦乱を上手く利用して、騎士達を洗脳している。アレは人を操るのに長けている。今や我々は悪事を重ねた嫌われ国家となりつつある。さらに、金銀財宝の黄金の国だそうだ。地上では闘志を燃やした輩が増殖している。大衆の意思など、ほんの小さなきっかけで大きな波を生むのさ。もう、私がどうこう出来るレベルではないところまで来ている」
「…だ、だが、天界に来るなど、そう簡単ではないのだろう?」
「レイは現にここに居るのに、そんな確信していいの?方法はね、いくらでもある。だからなかなかに頭の痛い問題だね」
困った困ったと、眉を下げて苦笑する。
これには国王も苦い顔をした。
「まぁ、国交はカルオスに任せるとして」
チラリと国王を見た。リオウは、国の責務は全て国王に任せているのだろう。
「レイは知りたがりだけれども、まだまだ無知だ。ふふ、驚いて呆けてしまって、可愛いね。だが、これだけは覚えておくれ。神である私は、隠し事はするけど嘘はつかない。ましてやレイに偽りをいう訳ないだろう?薄情と思われようと、この事実を前に、我が子を苦しめた地上の人間に優しくなんてできないよ」
頬を包んだ手。リオウはレイの額にキスを落とす。
「レイをこの世で一番愛しているのは私。守れるのも私だよ」
それは無条件で与えられる無慈悲な愛だ。
訳もわからず感情が高ぶり、目頭が熱くなる。
「ありがとう。リオウが私を大事に思ってくれるのは嬉しい。だが…」
与えられた情報が多過ぎる。
失った愛が大き過ぎる。
ぽっかり心に穴が開いた気分だ。
「少し泣く」
レイの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、それは神殿の床を滲ませ、しばらくして消えた。




