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02.

 翌朝。アルフレッドの持ってきた本が面白くて、レイはすっかり夜更かしをしてしまった。

微睡む意識の中で、暖かい何が頬を触れ、鼻先を触れ、そして唇を触れた。まるで動物に顔を舐められている感覚に、ふわりと笑顔が浮かぶ。

手探りで顔に近付く物を抱き寄せ撫でると、ソレは硬直した後、次第に身を寄せるように身体を委ねた。動物を懐柔したようで嬉しくなりソレに顔を埋めると、同じように抱きしめられる。ソレが動物でなく人であると気付いて、ようやくレイは眼を開けた。


「…アル、か」

「おはよう姉さん」


胸元には銀色の髪。ボール程の頭からはニッコリと笑うアルフレッドの顔が見えた。

寝ぼけていたのを恥じて手を離す。

朝が来ていたのも気付かず、醜態を見せてしまった。


「すまない、きのう夜更かしし過ぎた」

「ふふ、姉さん寝癖が付いてるよ」


髪を撫でられ、跳ねた前髪を整えられる。

寝ぼけて布団に引き入れてしまったのか?

レイはベッドを出る。

引きこもりとはいえ、いつもベッドで寝ていると思われるのは癪なので、なるべくアルフレッドがいる時は、起きていたいのだ。


「顔を洗ってくる」


洗面所に向かうレイの背中を眺めて、アルフレッドもようやくベッドを出た。

食事をテーブルに並べる。スープとパンに変わりはなかったがパンはいつもより柔らかかった。


「シェフが変わったのさ。最近、屋敷の者を大幅に入れ替えたからね」


屋敷の人に会ったことはないが、柔らかいパンはレイの口にとてもあったので、前のシェフより良いとは思った。

家の様子は、アルフレッドとの会話以外に知る術は無い。

だが今、父と母かどのようにしているか聞こうとしても、アルフレッドははぐらかすばかり。

あまり詳しく聞きすぎると、何故そんなに外の事を知りたいのか、外に出たいのかと疑いをかけられアルフレッドの機嫌が悪くなる。


だが、今日のアルフレッドはとても機嫌が良い。流暢に喋りながら笑っている。


「今日は学校が休みなの?」

「午前だけね。午後は研究室に行かなきゃだから、昼までココにいようかな」


珍しい。レイはつられて笑った。

誰かと過ごす時間は、レイにとって貴重なのだ。


いつしか父も母もレイの元には現れなくなった。唯一アルフレッドだけは毎日訪れ、時にはこうして長い時間、一緒に時を過ごす。

血の繋がった弟の他愛の無い会話は、レイの唯一の楽しみだった。


「そうだ!紅茶を淹れるね。この間アルが持ってきたダージリン、とても美味しいんだ」

「ふふ、姉さん楽しそうだね。俺がいるのがそんなに嬉しいの?」

「もちろん」


当たり前のこと聞く。

アルフレッドは自分にとって大切な存在。

こんな生活を送っていても家族という土台がある限り、レイの常識は変わらない。


「最近、色々あって…姉さんがここにいるだけで、俺は救われる。外は面倒な事や恐ろしいことばかりだ。姉さんにとって、ここが一番安全な場所。俺にとっても姉さんと会える楽園だと思ってる」


アルフレッドはレイの手をスルリと撫でながらウットリと微笑む。

そんな弟を、愛おしいと思う反面、ここを楽園だという言う無神経さに胸の中が騒ついた。

レイにはここは楽園ではない。

過保護に守られている檻のような場所。

家族の愛情を与えられていなかったら、とっくの昔に発狂している。

だから、アルフレッドの手を握りしめるのだ。自分は家族に愛されている。必要とされていると、確かめるために。


 塔の周りには、結界が張ってある。

扉の入り口は特定の者しか見えず、例え不審者が塔にやって来ても、入り口すら探し出せないのだと、レイは聞いている。もちろん中からも扉は開かない。

誰にも見つかる事のない安全な場所。

逆に言えば、家族に何かあれば誰にも知られずに自分は死んでしまう。


それほどに忌み嫌われる存在なのかと、レイは自分の黒髪を握りしめた。

アルフレッドが丁寧に手入れしてくれるから伸ばしているが、本当なら髪の毛全て剃り落としたい。

自分が銀髪の青い瞳だったら、今はアルフレッドと一緒に学校に通っていたのだろうか。父上と母上に抱きしめられ、愛されて育てられたのだろうか。

物心ついた頃には、この部屋の中。

レイは見慣れた石壁を見やる。


「いかん。また暗い気持ちになってしまった。気分転換にアレの続きをしよう」


ベッドから抜け出し、戸棚からある一冊の本を取り出す。

本の名前は『はじめてのまほう』という、子供向けの魔法書だ。

この世界には誰でも魔力があり、それで生活や仕事を行なっているらしい。その基礎の基礎の本がコレだ。


アルフレッドは沢山の本を俺にくれるが、魔法書だけはこの一冊しか与えなかった。恐らく魔法を無闇に使えば、この塔の結界を壊してしまうことを危惧したのだろう。


だが、レイは数ある書物を読む中で、魔法とは子供の頃に覚える『基礎の応用』だと気付いた。

『はじめてのまほう』には水を人肌に温めることや冷やすこと。植物の成長を少し促進すること。火をつけた蝋燭を消えないようにするなど簡単なものしか載っていない。子供が覚えても危険でないものばかり。

だが、水を温める魔法に炎の火力を組み合わせれば水は沸騰する。沸騰した蒸気の成長を促せば、霧となり雨雲にもなる。雨雲に対局の冷気をあてれば、雪となる。温度変化を操ると電力も生まれる。真空を生み出せば物も操れる。

簡単な小さな魔法を複雑に組み合わせることにより、レイは独自の魔法構築を可能としていた。これはアルフレッドにも話していない、レイの密かな楽しみだった。

レイは先程読み終わった魔法道具の論文を思い出す。別々に置かれた二つの魔道具で時空を結ぶことにより移動を可能にする研究論文。これを書いた博士は、志半ばに亡くなってしまい、移動装置は空想の産物となってしまった。

だが、これは魔法でできないだろうか。

レイは考える。

魔道具同士でなく、共通し引き合う何か。

例えば電極のように通じ合う、魔石。

元々引き合う二つの魔石に更に魔法をかけて、引き合う力を極限に高める。

いや、引き合うだけでは移動にならない。移動途中で障害物に当たってしまう。そうだ、移動する身体の時空を一瞬歪ませればいい。細胞一つ一つに時空の歪みを生じさせる。


レイは脳内で幾千もの魔法を構築した。

レイの周りに数十の魔法陣が浮かび上がる。

一筋の完成形が見えたところで、引き出しから小さな鉱物を取り出す。

試しに二つの鉱物に電極を流して、今考えた魔法を一つ一つかけていく。


「上手くいったら面白いな」


一つは浴室へ。一つは扉を挟んだ机の上に。

そしてスイッチのごとく、軽い魔法を発動させた。


ピカっと一瞬石が光る。

あまりの眩しくさに、レイは目を瞑った。

失敗か?と思ったその瞬間。


かち。


と、鉱物が当たる音。

浴室にあった鉱石が、机の上の鉱石とぴったりくっ付いて置かれていた。


「うまく…いった?」


高速に移動した事で扉を突き破ったのかとドキドキしたが、部屋に物が壊れた形跡はない。

レイの考えた理論が成功したのだ。


「やったぁ…!」


レイは嬉しくなり、拳を握った。

小さな成功に過ぎないが、瞬間移動は可能なのだ、と博士の論文が空想の産物でなかったことを喜んだ。本の中で知り合った博士に敬意を示す。いずれ人体の移動も可能になる。未知なる希望にレイの心は弾む。


こうやって、少しずつ長い時を経て、誰にも知られる事なく、レイの魔力が国の聖職者に匹敵するほどに高められていることを、両親は勿論、アルフレッドも、そしてレイ本人さえも、知る由はなかった。


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