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19.

 ブラウンズ博士は今では当たり前のように転移魔法で街に買い物に行くらしい。

祖父が使いこなしている魔法がまさか地上では空想の産物だとは。さらに地上では祖父は既に亡くなっていて、書き途中の論文だけが伝説のように残されていようとは。タイザーも知らなかった事実に目を丸くした。


「じぃさん、この国が気に入って移り住んだだけなのに、まさか地上ではそんなことになっていたとは…」

「私としては生きていて元気なら嬉しい限りだ。ブラウンズ博士は研究論文だけでなく、弟子が自伝も残していて学園の教材にも名前が載っている。有名な魔道具開発の先駆者だ」

「…そうか…この国じゃあ魔法はそれほど発展してないから、うちの近所じゃ、ただの変わり者のジジイで通ってるけどな」


英雄がこの国では奇人だとは。国が違えば見方が変わるものだと、レイは思った。


「つうわけで、話を聞く限りお前の弟がここに転移魔法で突然くる可能性は十分ある。殿下に言うべきか?」

「それについては大丈夫だ」

「身内を守る気持ちは分かるが…」

「いや、そうではない」


レイは地上の出来事を思い出しながら言う。


「アルは、博士の論文を燃やして炭にしてしまったからな」

「は?」


目の前で貴重な書籍を燃やしたアルフレッドの行為をレイは許した訳ではない。思い出しても、あれはやってはいけない行為だと思う。


「地上でも発行部数が限られていたものだ。転移魔法のヒントが書かれていたが、アルは読んでいない。そう簡単に使える魔法ではない」

「…想像以上にお前の弟は過激だな」

「…や、優しいところもあるよ!」


姉のフォローを入れるが、意味をなさなかった。

それに、レイは思う。

仮にアルフレッドがそこまでして自分を探しに来るだろうか?

お荷物が消えて清々しているのでは、とも思う。法に背き自分を匿うのは謂わば国の反逆者だ。しかも自分のせいで地上では戦乱が勃発していたという。アルフレッドにとって、小さい頃から世話をしなければいけない姉の存在がどんなに面倒で目の上のタンコブだったか。想像に難くない。


だからランスロットも心配しすぎなのだ。そう思わずにはいられなかった。





就寝前、レイは湯浴みを終えベッドに入ろうとしていた時、部屋のノック音がした。


「レイ様、まだ起きていますか?」

「ランス?あぁ、起きている。入っていいよ」

「はい、失礼します」


ランスロットは遠慮深げに部屋に入る。心なしか疲れた顔をしている。


「政務が大変だったのか?大丈夫か?」

「いえ、アレの報告をしたところ、国王にコッテリと怒られまして」

「私が原因か、すまない、大丈夫だったか?」

「はい…、その」


ランスロットは眉を下げる。


「大変申し訳ないのですが…明日、龍神様に謁見いただきます」

「龍神様」

「勝手ながら、会議で決まりました。今までレイ様がここに慣れるまで待っていたのですが、今回の事で龍神様がお怒りになり、レイ様に直接会って御加護を与えたいと仰せです」

「御加護…」

「何かあった時の保険です。私がそばに居るだけでは安全ではないと判断されました」

「なるほど。ランス…失格の烙印を押されたのか。だからそんなにしょげているんだね」

「う…」


探知魔法がまさか一番側にいたランスロットにかかっていたのが、信用を地に落としたのだろう。お前に任せておけないと、こってりと絞られ国のトップの更にトップが登場してしまった。

レイの予想以上に事は大きくなりすぎていた。


「そうか…ランスは悪くないのに」

「いえ、失態は失態です。ですが、何とかレイ様の護衛任務は解かれないよう死守しました」

「そうか…」


なんだか、胸を擽られる感覚だ。

そういえば、今日タイザーの話にもあった。


「ランスは『黒龍の神子』を小さい時から信仰していたって本当?」

「だ、誰から聞いたのですか?」

「タイザーさんが言っていた。竜族の信仰心は強いんだね」


まだ、馴染めない神子の肩書きに、最近やっと受け入れはじめた。


「実際に会ったらガッカリしただろう。私はただの引きこもりの凡人だから」

「そんなことはありません!」


ランスロットが突然声を大きくするものだから、レイはビックリして目をパチクリさせた。


「レイ様は私の想像以上の人でした。私はずっとお会いしたかった。今、レイ様と過ごす毎日がどんなに幸せか、貴女は分からないでしょう」


ランスロットはレイの目を愛おしそうに見つめる。

顔に熱が集まる。


「地上に『黒龍の神子』が産み落とされたと国に広まった時から、私は貴女に焦がれ生きてきたのです。龍騎士になったのも、貴女を迎えに地上に行くため。私にとって貴女は人生そのものなのです」


レイはランスロットの話の内容があまりに衝撃で言葉を失った。

いま、凄いことをサラッと言った。


「ランスは…『黒龍の神子』に会いたくて、職まで決めてしまったのか…」

「はい」


王族にいながら、何故龍騎士なのか、不思議ではあった。

こんな強靭な肉体も、龍騎士になる道のりも、『黒龍の神子』に会うためと言うのか。

それは、レイの知り得ない竜族のサガだ。


「何が…そんなにランスの憧れを集めたのか理解出来ないが、あまり崇高なレッテルを貼らないでくれ」


あまりに焦がれていたイメージが高過ぎるのはプレッシャーだ。そんなの、私がイメージを壊したら、ランスの人生の頑張りが崩れてしまうではないか。

ランスロットの言葉は、レイを喜ばせる反面、恐れを植え付けた。


「レイ様…?あの、違いますよ!そんな過度な期待をしていた訳では、貴女が負担を感じることはありません」

「いや、ただ私が受け止める器が無いだけだ」

「あぁ、やっぱり勘違いされている!言い方が悪かったです、私は確かに『黒龍の神子』様を崇拝していますが、実際に貴女に会ってイメージは覆りました。それこそ、今まで幼い頃から描いていたイメージは伝説からの空想だと思い知った。貴女がここに来て思うのです。貴女は様々な事を熱心に学ぼうとし、他者に気遣い、博識であるのに、謙虚さを忘れない。身も心も美しく、努力家で聡明で慈しみ深い人でした。私は貴女に会えて良かった。憧れだけでなく、レイ様は私の全てなのに変わりはありません。それだけは違えないでください」


誤解を解こうと必死なランスロットは、レイの肩を掴んで顔を近づける。そして褒め言葉を超えた告白めいた事を次々に口に出す。

この人は天然なのか。

そんな言葉、レイにはキャパオーバーだ。


「や、やめてくれ…、分かった」

「本当ですか?」

「あぁ、それより、分かっているのか?そんな愛の告白みたいな言葉…気軽に言うものではない」

「え…」

「全く…今までどれだけ女性を誑し込んできたんだ」

「え」


レイは顔を赤くして、空いた手で必死に顔を隠す。ランスロットの言葉の威力は大きい。恥ずかしいのと照れるのとで、感情が追いつかなくて、言葉に詰まる。

ランスロットは、レイに言われて、話した内容を反芻した。

想いをぶちまけたが、あくまで『黒龍の神子』に関する話だ。レイへの想いはこんな簡単な言葉で伝えるつもりは無かった。

色々とタイミングを間違え、レイにも勘違いされ、ランスロットは慌てふためく。


「ち、違います!告白などでは、これは!」

「わかった!もういい!」

「本当に分かってますか?そんな私を女誑しみたいな目で」

「大丈夫だ、分かっている」

「本当に?!何故そんなに距離をとられるのです?!」

「分かった分かった」

「絶対に分かってませんよね!?」


ランスロットは誤解を解こうとするが、レイはこの口を閉じさせない限り、身体を焦がす褒め言葉を浴びせられると逃げ惑った。レイのキャパはすでに超えている。こんなに顔が熱くなるのは何かの病気ではないか。

心も体も気恥ずかしさでいっぱいだった。


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