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18.

 次の日、レイが医務室に着くと寝ぼけた顔のタイザーは「朝早すぎる」と苦言を呈した。

だが、やる気満々のレイは、早く読み終えた本の内容を確認したかった。

本には沢山の付箋が貼ってあり、レイの勉強の熱意さが伝わる。


「1日…いや半日で読めたのかよ」

「読破しろと言ったのはタイザーさんだ」

「あー…言ったけどなぁ」


まずは様子見の小手調べだったのだが、レイには伝わらなかったらしい。


「午後からにしろ。俺にも都合がある」

「…そうか…じゃあ、ここだけでも教えてくれないか?火傷の治療なんだが」

「あ?」


そう言ってレイが開いたのは、火傷に関する処方だった。

分厚い本のページを開いたまま机の上にのせると、レイは自分の上着をぺろりとめくった。

突然素肌を見せるレイに、タイザーは無表情ながらも内心動揺した。

竜族より遥かに細い腰に、きめ細やかな白いお腹がチラリと見える。

だが次の瞬間、別の意味で動揺する。


「お前…どうしたこれ」

「魔力が当たって、ちょっと焦げた」

「んな、パンみてぇな事言ってんじゃねぇ。っていうか、先にコレを言え!」

「ふふん、それは怒ってると見せかけて怒ってないのだろう?」

「これは怒ってる!」

「ぬ、やはり分かりにくいぞ」


レイは腕を取られ、カーテンの閉められた部屋に寝かせられた。

上着を脱がせて、マジマジと診ると鳩尾から胸にかけて肌が真っ赤に火傷していた。

レーザーのような鋭く細いモノで切られたような火傷痕だ。火傷は何本もの線を描いて、レイの心臓の中心部に集まっている。生き物のように彷徨っているかのようだ。


「どうした、これは。普通の火傷じゃねぇぞ」

「昨日、探知魔法の光が私に向かってきてな。すぐに痛みは無かったが、朝起きたらズキズキとした」

「探知魔法って…魔法が毒だと聞いてはいたが、光が当たっただけで焼けるのか」

「いや、光だけでこうなることは無いはずなんだが、私の姿形を探知している間に魔力が集中的に私に向かったからかな。私もビックリした」

「とりあえず、原因は魔法だが火傷は火傷なんだな?今、塗り薬作るから待ってろ」

「それはどんな薬剤を…」

「今は黙って待っていろ!」


レイは真面目に怒鳴られしょんぼり口を閉じた。タイザーは戸棚から幾つかの薬剤を取り出して調合を始める。

先程原因を問い詰めたのは、触診だけでなく適正な処置を判断する為だろう。すぐにタイザーは患部に薬を塗り湿布薬も作った。

淡々と処方していくタイザーに、レイも目を釘付けにして眺める。

薬が落ちないように綿を充てられて包帯で巻かれた。戦場の騎士のような出で立ちにレイの心は擽られた。

アルフレッドもランスロットも傷痕ばかり気にするが、体に傷が残るくらいレイにとってはなんとも無かった。命あればそれでいい。


「ありがとう。自分じゃ対処できなかった」

「当たり前だ、まだ何も教えてもいねぇし、道具もねぇ。下手に自己流で試してたらそれこそ勘当してやるところだ」

「なに、昨日教えてくれるという約束はまだ有効だよな?」

「…あぁ、合格だよ。過信して自分で治療しなくて良かった。それに、お前にとって医療がどれだけ重要か分かったしな」


タイザーは、包帯を片付けながら真面目に話す。


「この国は地上より医療が発展していると昨日話したが、それはあくまで竜族を対象とした話だ。竜族は皮膚の厚さから血管の太さまで地上の人間とは段違いに丈夫に出来ている。お前のその火傷も、竜族なら皮膚の厚さが勝るから、1日もすれば新しい皮膚が出来る。だが、お前は柔い」

「……改めて言われると、流石にショックだ」

「内面の話じゃねぇ。身体の作りが違うという事実だ。その前提は理解しろ。地上では治癒魔法でそれをカバーできるだろうが、お前は魔法が効かない。これはあまりに危険だ。俺は改めて事の重要さを知ったよ」


机に置かれた医学書を手に取る。

しっかり読み込まれた跡が、教える側としては嬉しくなる。やる気があるなら本望だ。それを必要としているなら尚更のこと。


「午後からといったが、今から始めよう。そうだな…毎朝九時から、夕方五時まで。途中患者が来たら中断するが、それ以外の時間はお前に教えることにする」

「…ありがとう」


レイは感謝と同時に申し訳なくなる。今の話は謂わば自分が特例ということだ。不特定多数の他の人たちに適応される治療法を学ぶのではなく、自分の為に学ぶという我がままな要望を受け入れて時間を割いてくれる。それが申し訳なくて仕方ない。


「浮かない顔しやがって。考えてることは分かるがな。あながちお前の為だけじゃない。この国は多種多様な種族が住むようになった。俺の祖父も地上の人間だ」

「そうなのか?」

「…あぁ、俺は混血種だから龍騎士よりも力で劣って医務官になったんだ。俺みたいな異種族との混血は増えつつある。お前のその特殊な身体も、今後同じ患者が出たときの道標になる。決して無駄じゃねぇよ」


そう、慰めるように頭をポンと撫でる。

昨日から嬉しい言葉を貰ってばかりだ。

再びぐにゃんぐにゃんに緩みきった顔でレイは微笑んだ。


「そういえば、今日はお前ひとりか?」

「あ」


思い出した時に、医務室の扉が開いた。

血相を変えたランスロットだった。


「レイ…様…ここにいましたか」


顔を真っ青にしたランスロットは、レイの姿を確かめてズンズンと近付いた。

青かった顔は次第に怒りを含む。

今日は怒られデーだと、レイは内心焦った。


「すまない、ランス!」

「とりあえず謝ろうというその気持ちは頂けません。私が何故怒っているかお分かりですか?」

「えっと…」

「昨日の今日で何があるか分からないのに、何も言わずに一人で行動したことです。アレに連れ去られたのかと心配しました」

「アルはここには来れないと昨日説明した」

「ですが、可能はゼロではない。自覚してください」


心配の振り幅が振り切れて怒りに変わってしまったランスロットは、とても怖かった。

だが、自覚しろと言われても困るのだ。

それにここに一人で来た理由は、この火傷をランスロットに知られると更に心配されると思ったから。そして、更にアルフレッドに対する警戒心を強めると目に見えて分かったからだ。


だが、それは無駄に終わった。レイの服の下に見えた包帯をバッチリと見られた。


「その怪我は一体…」

「あー…ランス、心配しないでくれ。大したことじゃない」

「タイザー説明しろ。レイ様では話にならない」

「あー…」


タイザーは巻き込まれたと思った。だが上司には逆えず、怪我の状態を説明する。

処方も終わっていたが、お腹の包帯を取って火傷の痕も見せる。ランスロットは顔色を蒼白させて、ワナワナと拳を握った。


「痕は残るのか?」

「いや、範囲は広いが火傷自体は軽度だ。毎日塗り薬しておけば痕は残りませんよ」

「そうか…」


だから良いという訳ではないが、ランスロットは一先ず安心した。

自分より自分の身体を心配するランスロットに、レイは居心地の悪さを感じる。大丈夫だと言うほど反論されそうで、口を閉じた。


「探知魔法だってな。神子様は誰かに追われているのか?」

「もう、縁の無い者です。レイ様に魔力が当たると知っていながら探知するとは忌々しい」

「それは違う。アルが私に害を与えるなら初めから私に探知魔法をかけていた。ランスロットの耳飾りにかけたのは、私を気遣ってだ」

「ですが、現にレイ様に怪我をさせたではないですか」

「…ランスはアルの事になると私の話を聞かない。それならもう、この言い合いは無意味だ!」

「レイ様!」


レイとランスロットは向かい合って声を荒げたが、結局はランスロットが折れた。


「心配したのです。申し訳ありません」


素直に謝られるが根本の意見は変えないのだろう。レイはそれを察したが今すぐ分かり合えるわけはない。それに心配させて悪かったとレイも反省した。


「私も何も言わずに部屋を出てごめん。この傷を見せたらランスが怒ると思ったんだ」

「そんなことは…」

「まぁ確かに、現に怒ってるしな。どっちみち怒られるんだ。観念しろ」


タイザーの言葉にレイもランスロットは何も言えなくなった。


「それより、この事は、国王様に報告した方がいいんですかね?」

「…そうですね。アレの魔法の事は、内密にしておくわけにはいきません」

「いや、やめてくれ。そんな大袈裟にする話じゃない」

「ですが…」

「報告義務を怠ったと怒られるのは俺だからなぁ。殿下、上手く言っといてくださいよ」

「…そうですね。何かあってからでは遅いですし。すでに怪我をしているのですから、レイ様、諦めてください」

「う…」


国のトップにわざわざ話す内容では無いと思うが、タイザーが怒られるのも、ランスロットが心配するのも困る。

渋々、レイは頷いた。



ランスロットは政務に出かけ、レイは約束通りタイザーと勉学の時間を設けてもらった。

昨日読んだ本など、医術の極一部のもので、これから覚えることは沢山あると知った。

タイザーの教え方はぶっきらぼうだが、質問に対しては的を得た返しをしてくれる。一度教えた事は二度と聞くな、と初めに言われたから、レイも真剣に一言一句をノートにメモった。


すっかり日が沈んで、今日の講義に一区切りついた頃、タイザーは今朝の事を思い出してレイを呼び止める。


「朝の、アルだかアレとかいう奴は誰なんだ?」


間接的に話を聞いていただけでは的を得ない。だが、タイザーはすでに巻き込まれたならば責任を押しつけられる前に事の次第を知っておくべきだと判断した。

ランスロット殿下の前では聞きにくい質問だとも察していた。


「私の弟だ」

「じゃあ、その方も黒龍の神子様の関係者か?」

「さぁ。黒龍の神子っていうのが黒髪黒目を指すならば、アルは銀髪に青い瞳をしている。だが、れっきとした私の双子の弟だ」

「探知魔法は弟がかけたと言っていたな。お前は家族に内緒でここに来たのか?」

「…いや、内緒というより…目の前で逃げてきたと言うべきか…」

「殿下とやけに意見が食い違うな」

「ランスは分からず屋なんだ!」


レイは別に隠している訳では無い、ここに来たまでの経緯を話した。ランスロットに感謝はしているが、自分の家族が嫌われているのも釈然としない。

タイザーなら分かってくれると思い、真剣に話したが、タイザーの反応も微妙なものだった。


「…それは……いや、殿下が怒るのも分かるわ」

「なに?」

「俺も地上との混血だが、なんつうか…竜族の黒龍の神子への忠誠心も知ってるからなぁ。殿下なんか、小さい頃から黒龍の神子への信仰が厚かったから余計に許せないんだろうよ」

「…小さい頃から?」

「この国において、龍神様は別格なんだ。生まれた時から竜族の血が根付いている、本能で感じてる信仰心。その愛し子が地上で、幽閉されていたなんて、そりゃあ許せないのも分かる」

「だが、それには理由があった!」

「悪い。俺はどっちの味方にもならねぇ。とりあえず、今ここにお前が居て、地上にはまだ執着してる弟が探していると。そういう理解はした。その上で、一つ話したいことがある」

「ん?」


はっきりものを言うタイザーには珍しく言葉を濁す。言うべきか迷って、口を開いた。


「俺の祖父は地上の人間だ。名前はブラウンズという」


レイは、聞き覚えのある名前に反応する。


「まさか…魔道具の研究をしていたブラウンズ博士か?」

「そうだ。地上では結構名が知れていたと聞く。そこに、移動魔法の研究があったろう」

「あぁ、読んだ。素晴らしい論文だった。だが、志半ばで研究は途絶えたと…」

「それがなぁ…」

「ん?」


あー…と深い溜息をして、タイザーは頭を掻く。


「生きてるんだわ」

「え?」

「転移魔法で地上から天界に来て、んで、うちで元気に暮らしてる」

「え、え?え?」

「転移魔法、完成してるんだよな」

「えーーー!!!!」


レイの驚きの声は部屋中に響き渡った。

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