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15.


 ランスロットは筋トレの教え方も上手かったが、勉強を教えるのも上手かった。

初めは絵ばかりの本から始まり単語を覚え、文法の基礎を教わった。

とはいえ、レイの自国と話し言葉はほとんど変わらないので文字を覚えるだけというシンプルなものだった。レイはすぐにほとんどの文字は読めるようになったが、専門書に関してはまだまだ勉強が足りない。文字以外にも、レイの知らない食物、生物、植物、常識が多過ぎるのだ。そのギャップはなかなか補えない。


「難しい…なぜ、これは果物でこれは野菜なの?」

「果実は木になるもの、野菜は畑にできるものだからです」

「なるほど。それは、これらの成長過程を知らないとダメだね」


なにぶん、常識が不足しすぎているのだ。今日食べたお米というものも、初めて口にしたので野菜か果物か、どんな風に育てるのかすら知らなかった。白い柔らかい粒々が、まさな黄金色の硬い稲だと聞いたときは驚いた。火を通せば食べ物はなんでも柔らかくなるのかと思っていたが、お米はそのまま焼いても硬くなるだけ。焼く以外に茹でる、炊く、蒸すなどの調理方法も沢山ありすぎて、レイの知識は追いつかない。

だが、毎日が発見と驚きで、レイは楽しくて仕方なかった。

今日食べたもの、今日見たもの、今日触ったもの、初めてのものを、ランスロットは嫌な顔せず寧ろ嬉しそうに説明してくれる。

レイのちっぽけだった狭い世界は、驚くほど広がっていた。


この国の文化も興味深い。

地上の世界では幻の種族とされていた竜族。ましてや天界に浮かぶアルスラン王国など、伝説とすら思っていたのだ。

この国の常識は、レイには全く知らないことばかりだった。


「そもそも、この国は何故浮いているんだ?」

「そうですね、浮いているという感覚は地上の常識の話。我々にとっては、地上は何故地にあるのかと不思議になります。この国は数千年前から天にありますから、地上は重力で人が立っているというならば、天界では浮力が地上より優っているというのでしょうか?うーん、しかし浮力というのも地上の概念なので違う気もします」

「確かに当たり前の感覚を説明するのは難しいな。私の国も何故地上にあるのかと聞かれたら確かに説明できない」

「伝説では龍神様が生まれた時に現れた国と言われていますが、空想の域を出ません。あ、しかしこの国の結界は龍神様の御加護のお陰なのですよ?」

「…その龍神様というのは、伝説ではなく本当に存在するのか?」

「もちろんです。レイ様も現に黒龍の神子として存在しているのですから」


ランスロットの話によく出てくる龍神様。

この国では、神であり王より偉く、国の象徴だという。

話を聞くほど、自分がこんなにも優遇されて生活できるのは『黒龍の神子』という肩書きのお陰だと知る。王より偉いなんて知らなかったが、敬語が使えなくても問題ないのはその為か、と妙に納得した。今更ながら態度は変えられないとしても、かなりの無礼は働いている自覚はある。


龍神様が存在するならば、一度は会ってみたい。だが今のレイにはまだ心の準備が出来ていなかった。ランスロット曰く、レイの存在はこの国にいる時点で龍神様に筒抜けらしく、それでも龍神様がすぐに姿を現さないのはレイの心情を察してのことらしい。


「しかしながら、さすがに龍神様でも地上の結界の中にいたレイ様の状況は察することは出来なかったのです。レイ様がどのように扱われ生きてきたかを説明した途端、かなりご立腹され、地上に巨大な稲妻を気が済むまで落としてましたね」

「え」

「国王もかなりのご立腹でしたので、どんどんやってしまえと大騒ぎ。さすがに地上の人間に同情しました」

「え」


本人を差し置いて、知らぬ間に大変な事態が起きていたらしい。

ただでさえ、戦争をふっかけていた戦闘種族だ。人を攻撃することに躊躇ないのは、少し怖いと思った。


「やめてくれ。地上には両親やアルがいる。私にとっては、かけがえの無い家族だ」

「…そうですか」


ランスロットは、レイが家族を大切にする度に、冷めた返事をする。

憎しみの方が強いらしく、レイの気持ちが理解できないと顔に出ているのだ。

この意見の食い違いは、親密になってもなかなか分かり合えない。

色んな違いを見つけると、レイはやっぱり異国人で地上の人間なのだと思う。


「レイ様、お勉強どうすっか?休憩しましょう」


ロキが部屋をノックし入ってきた。一緒に侍女が菓子と紅茶を運んでくる。

この国の紅茶は、レイもお気に入りだった。


「ありがとう」

「いえ。しかし毎日よく飽きないっすね。俺は勉強苦手だから、この本の文字見るだけで眠くなっちゃいます」

「ロキは頭より肉体派っぽいもんな」

「そうです。敵がいたら考える前に手が出ますから」


と、パンチの真似事をする。

きっと、戦闘には強いのだろう。騎士団員であるロキには、適材適所だ。


「そういえば、さっき廊下にジェームズ殿下がおりましたよ。お会いになりました?」

「兄上が?」

「何かランスに急用じゃないか?」

「いやぁ、中に入るよう誘ったのですが、逃げるように去っていってしまいまして。それでこのクッキーをレイ様にと」

「え」

「兄上から?」


侍女が綺麗に準備してくれたお茶の席には、色鮮やかなクッキーが並んでいた。

様々な色の果実のジャムで飾られて、形も多種多様で宝石のように美しい。


「これ、食べ物なのか?」

「あ、俺毒味します!」

「お前はただ食べたいだけだろう」


ロキは美味しそうにクッキーを頬張る。

毒など疑ってもいないが、食べるのを躊躇うほどに綺麗なクッキーだ。


「ジェームズ殿下は優しいな。ありがとうと伝えてくれ。あ、直接言えばいいのか」


食事の席や廊下で会う程度で、きちんと話をしたことがない。政務で食事の席にいないことも多い。兄弟なのでランスロットに似た風貌をしているが、ジェームズ殿下の方が顔つきが大人っぽく、シルバーの髪にターコイズブルーの瞳が国王に似ている。


「兄上は忙しいので、なかなかレイ様との時間が取れませんからね」

「ならば、手紙を書こう。覚えたての文字を書きたい」


ちょうど、勉強の最中だ。文字を書いて慣れた方がいいだろう。言葉遣いを間違えても、今ならランスロットという先生が直してくれる。そう思っていると、ランスロットは苦虫を噛んだような顔をする。


「どうした、ランス。紅茶が苦いのか?」

「いえ…初めてのレイ様の手紙を、兄上が貰うのが羨ましくて」

「だって、ランスとは毎日会って話しているんだ。手紙を書く必要はないだろう?」

「そうですよ、ランスロット殿下!大人げない!」

「ぐっ」


ランスロットは二人に責められて渋々と便箋を取り出した。

レイは初めて人に手紙を書く。

あいさつから始まり、自己紹介を改めてし、クッキーの感想と御礼を綴った。

慣れない手つきだが、それなりに形になり、ランスロットにもOKを貰って、ロキに渡す。


初めての手紙は、レイの知らない所で厳重に保管され、国の宝となることをこの時のレイは知る由もなかった。

そして、この日からジェームズとは文通友達となるのだった。



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