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14.


 髪の毛は王宮お抱えの美容師に整えて貰った。

竜族の美容師は鋏を使わずに自分の爪を商売道具にしていた。聞けば、皆見事な爪を持っているのでこの国に刃物は少なく、美容師だけでなく、調理師や大工も爪を特殊に扱い生業にしているという。あながち自分のやり方は間違えていなかったのだと、うっかり口を滑らせたら、王妃様に激怒された。

流石は国母。美に対する意識が強いのか、髪を見られて泣かれた時は、さすがに肝が冷えた。


髪を整えられている間、鏡がずっと目の前にあり、見慣れない自分の顔を再度マジマジと見る。髪が短くなっても、幼顔と根暗さは変わらない。だが長い時よりは活発に見えていい。

満足したレイは、美容師に深くお礼をした。

美容師は、落ちた髪の毛一本一本を大切に拾っていたが、それを何に使うのか真剣に会議する国王達を見て、詮索するのは辞めた。


下手に切って、顔に傷が付かなくて良かった、とランスロットは嗚咽混じりに言ったが、顔に傷があるくらい別にいいじゃないかと思い、胸の中に秘めた。これ以上泣かれるのは辛い。


しばらくの間、王宮の中を歩かせてもらえることになった。まずはここに慣れてから、徐々に城の外にも連れて行ってくれるという。この国は王族が城下を歩いても安全なほど治安が良い。とはいえ、レイに護衛は付けるという。

最近、ランスロットと共に側にいるのは、帰国時に神殿にいた赤髪の竜族だった。

名前をロキという。

ロキは明るくて気さくで話しやすかった。


「今日は中庭に行きましょう。レイ様が持っていた植物図鑑の薬草も栽培してますよ」

「それは楽しみだ」


部屋を出て廊下を行くと、建物を囲むように広がる中庭に出た。

天界にも土があり、植物がある。

一歩一歩と地面を踏むたびに歓喜に満ちる。初めて土を踏んだ時は感動に打ちひしがれてしばらく動けなかった。土の上を歩くだけで小躍りしてしまう。


「本当にバジリ草はどこにでも生えているんだね」

「そうですね。この国では強い植物です。逆に地上に比べると根菜類は弱いですね。土壌の質や量が違いますし」

「なるほど、適材適所があるのだな」

「レイ様が勉強熱心で感嘆します。そういえば以前薬学を調べたいと言っていましたね」

「私は治癒魔法が効かないから。薬学で補いたいと思って」

「そんな大事な理由でしたか!今すぐ書物を揃えます!ロキ、書庫に言って薬学関係の書物を全て持ってこい」

「はい!」

「いやいや、全部は多い!ってか、書庫があるのか?行ってみたいな」

「宮廷書物庫なので、かなり内容に偏りがありますが…行ってみますか?」

「ぜひ」


目をキラキラさせるレイに、ランスロットは苦笑した。

レイは今まで制限されていた反動もあり、貪欲に知識を得ようとする。元々博識であったので、その吸収力は他に類を見ない程だ。

文化の違いや異国の差があるだけで、知識量で言えばこの宮廷の宰相に勝るのではないかとランスロットは思っている。

それは誉れでもあった。

だからこそ、レイが求めるものは与えてあげたい。

孫に甘い祖父よりも数百倍、ランスロットはレイに甘々だった。



本殿から離れた煉瓦造りの書物庫に着くと、レイの大きな瞳は更に輝きを増す。ウキウキと足取り軽く書庫内ではしゃく姿は、妖精なんじゃないか、やっぱり妖精か。とランスロットは思った。

だが、レイは本を一冊取って、ページを開いた途端に落胆した。さっきまで花を散らしていたのに、茎を垂らした花のようにしょげた。


「どうしました?レイ様」

「いや、当たり前だが、異国の文字なのだな」

「あ…」


なるほど。レイの国と違い、アルスラン王国は独自の文化を築いてきた国だ。文字が違うことを失念していた。


「すみません、配慮が足りなかったです」

「いや、うーん。そうだなぁ、アレ使えないかなぁ」


レイはぶつぶつと思案を始める。すると、指先にスッと魔法陣が浮かび上がる。

青色に輝く柔らかい光は、複数の魔法陣を現した後に、レイの手に持った書物の中に消えた。

その不思議な様子を、ランスロットとロキは息を呑んで見つめていた。

書物は光を纏い、ゆっくりとレイの手から浮かび上がると、パラパラとページが勝手に捲れ上がった。風を纏ったように最初から最後までのページを全て靡かせた後、光が薄れてレイの手にゆっくり落ちパタンと閉じた。


何が起きたのか分からないランスロットは、奇跡を目の前にしたように言葉を失う。

レイは再び本を開いた。


「よし、読めるな」

「え」


手に持った本は、中身の文字が全て変わっていた。今度はランスロットに読めない異国の文字だ。

レイは翻訳魔法を掛けたのだ。

たったこの数秒の間に。


「うーん、しかし一冊一冊魔法を掛けるよりも、この国の文字を覚えた方が早いな。ランス、今日から文字を教えてくれないか?」

「え…」

「ランス?あ、この本は、ちゃんと読み終わったら元の文字に戻すから、安心してくれ」

「戻すことも出来るのですか?」

「当たり前だ、勝手に変えてそのままだなんて失礼だろう。それくらいの常識はある」


論点の違う否定を始めるが、そこではない。


「レイ様!すごいっすね!」

「ふえ?」

「俺、感激しました!レイ様が魔法に長けているのは聞いてましたが、ここまでとは」


ロキは初めて見る上級魔法に目を輝かせた。

ランスロットも、この魔法が簡単に扱える代物だとは思っていない。だが、レイの常識は17年間の偏りがあるため、なぜそんなにも褒められるのか分からなかった。

とりあえず、勝手に文字を変えたことを咎められなかったことに安堵して、書物をパラパラと読み始める。

手に取ったのは薬学書ではなく医学書だったが、竜族の身体を前提とした医学療法はレイの国とはまた違い、なかなかに興味深かった。


一度見始めたら最後。すっかり内容に食い入ってしまい、最後のページを捲り我に返ったのは二時間後のことだった。


「はっ」

「読み終わりましたか?」

「すっかり自分の世界だった」

「素晴らしい集中力で感心しました」


ランスロットはこれまた嬉しそうにホワホワ笑う。

放置しておいて申し訳ない気持ちもあったが、レイがどんなに自由気ままに行動しても、ランスロットは全く怒らない。逆に褒められるのだから、こそばゆい。


「本ありがとう」

「いえ、……あぁ!もう魔法は解いてしまったんです?」

「読み終わったら解除する魔法だったからな」

「レイ様の国の文字を私も見たかったのに…」


その様子にレイも少し嬉しくなった。興味を持ってくれるのは嬉しい。


「それならば、ランスの国の文字と私の国の文字を教え合わないか?少し見た限りだが、文法や字体は似ている部分もある。3日あれば覚えられるだろう」

「み、3日ですか?」

「え?」

「え?」


ランスロットは焦る。それを隣で聞いていたロキは更にポカンとする。

ランスロットは決して頭が悪い訳ではないし、覚えが悪い訳でもない。

だが、レイの頭脳は桁外れだったのだと身に染みた。

3日では絵本ですら読破できない。


「かかりすぎか…?」

「いえ!早すぎです!」

「またまた、謙遜するな。ランスなら余裕だろう?」


どれだけ買いかぶられているのだろう。ランスロットはレイの前でイメージを崩したくないプライドと、レイの素晴らしさを讃えたい気持ちの狭間で戦っていた。格好悪い所は見せたくないが、3日で会得出来るほどの力量は持ち合わせていない。

頭脳でいえば天才と凡人、月とすっぽんなのだ。


「それではまずは1ヶ月ほど、学習の場を設けましょう。おやつを挟んで午後に2時間ほどではいかかですか?基礎から分かりやすい書物を揃えます」

「それはいいね。あ…そうか私の国の言葉を教えるにも書物の一つも持っていない。私が口頭で教えるだけではさすがに3日では無理だな。気付かなくて悪かった」

「いえ、私もレイ様と一緒に勉強の場を作れて嬉しいです」


ランスロットはニコニコ笑いながらも、内心1ヶ月に期間を延ばしたことと、レイとの時間を作れたことにガッツポーズをした。ロキはランスロットの心情を読み取って、地上の書物を揃えることにした。1ヶ月間みっちり勉強すれば、レイにバレずとも、なんとかモノになるだろう。

その日から、ランスロットの部屋は夜遅くまで灯りがついたままだったが、その理由を知るのはロキだけだったという。


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