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13.

 しばらくしてから、目が覚めたレイはベッドから立ち上がる。

一度寝たお陰か、さっきよりも頭はスッキリしていた。

単純だと思いながらも、意外と自分はタフだったのだと苦笑する。


ベッドから離れ、隣の扉に向かう。

その途中で、レイは人が部屋にいる事に気付く。


「わっ!誰だ!?」


その人は髪の長い女性だった。

慌てた様子でこちらを見ている。驚いて呆然としていると、女性も同じように動く。

ややあって、もしやこれは鏡ではないか、とレイは気付いた。


黒髪黒目の髪の長い女性。

それは鏡に映る自分の姿だった。


「まじか…」


鏡に近付いて、姿を確認する。華奢な背格好。白い肌。艶やかな黒髪。大きな瞳。


レイが今までいた塔の部屋に鏡は無かったが、アルフレッドと双子という概念で、自分の姿は弟とそっくりに成長していると信じて疑わなかった。確かに、性別の違う弟とは背丈や体つきに成長の差が出ていたが、顔つきがこんなにも幼かったとは。

これではアルフレッドと双子の同じ歳だなんて、誰も信じない。


クルリと回り全身も隈なく見る。

幼い頃の記憶にある母にも似てはいる気がするが、肌は青白く不健康で、女性特有の柔らかさも大人のオの字も無い。

長い黒髪は顔を隠し、陰気なようにも見える。


「ショックだ…」


こんな姿だから飄々と抱えられ易々と『守る』と言われてしまうのだ。ランスロットに壊れ物のように扱われる度にむず痒い気持ちでいたが、なるほど、この見た目のせいだったのだと人生でようやく理解した。


「よし、決めた」


レイは気持ちを新たに、部屋を出る。

廊下に繋がる扉を開けると、すぐ側に兵士が立っていた。

レイの姿を見るなり駆け寄ってくる。


「神子様、どうしましたか?」


話を聞いた後なので『神子様』と呼ばれて驚いたものの、受け入れた。


「ランスはいる?」

「はい、お目覚めだと殿下に伝えてまいります」

「あ、近くにいないならいい。ただ鋏を貸してほしい」

「鋏?何に使うのですか?」

「髪を切る」

「え?」

「髪を切りたい」

「え?」

「だから髪を切るから鋏を貸して欲しい」

「え?」


どうした。

この兵士は「え?」しか言わなくなってしまったぞ。

レイは訝しげに首を傾げる。

この国に鋏という道具が無いのか?竜族の爪は鋭いから鋏がわりになるもと言ってたしな…。

などと思考を広げていると、側で馴染みの声がした。


「ダメです、レイ様」

「あ、ランス。良かった探していたんだ」


兵士は固まったまま動かないので、ようやく話が分かる人が来て安心した。

レイは自分の髪を掴んで言う。


「髪の毛をこれくらいバッサリ切りたい。ランスくらい短くしたいのだが」

「!なんてことを…」

「どうした、ランス。顔が青いぞ」


廊下で話していたが、ランスロットに肩を掴まれそのまま部屋に逆戻りした。

ストンと肩を押されてソファーに座らされる。


「レイ様。髪を切りたいのですか?」

「もちろんだ」

「何故?」

「何故とは…理由が必要なのか?」


昔から忌々しくてずっと切りたいと思っていた髪。

長くて邪魔で陰気臭い。

坊主にしたい気持ちを抑えてショートにするのだから許して欲しい。


「黒髪は神聖なものだと言いましたよね?この国にとっての宝を何故切ってしまうのですか?」

「髪は伸びたら切るものだろう?ランスだって短いじゃないか。竜族に髪を伸ばす文化はないとみた。昨日見た侍女の髪も肩より短かった!」

「…レイ様の観察眼が今は忌々しい…」

「自由だと言ったランスが、髪を切るのも制限するとは、それこそ忌々しい」

「う…」


ぐうの音も出なくなって、ランスロットは唇を噛む。

確かに、この国に服装や髪型に制限はない。むしろ差別偏見が少ない国だと言った手前、見目は自由だと言いたい。

しかし、ランスロットは目の前の艶やかな黒髪を、どうしても失うのは惜しかった。


「ゔ…、そのままがレイ様には一番似合ってますよ」

「似合ってるだと?ランス…お前」


私は見てしまったんだ…こんな姿、根暗女にしか見えないと。昔読んだホラー小説に出てくる幽霊のよう。

それを似合ってるいるなどと言うランスロットにワナワナと怒りを覚えた。


「絶交だ」

「え、レ、レイ様」

「鋏を貸してくれないというのならば、引きちぎってやる」

「レイ様!そんな自傷行為はおやめ下さい」

「ええぃ止めるな」

「分かりました!分かりましたから!」


ランスロットはこれ以上は悪い方向にしかいかないと、渋々折れた。何より、絶交の言葉に傷付いた。

青菜に塩をかけたように、しょげた。


「こんな美しい髪なのに…」

「まぁ、手入れはアルが好きだったからね」


全く思い入れの無い髪を、本人を差し置いて大切にする意味が分からない。


「そんなに渋るなら、切った髪を自由にすれば良い。確か東では筆に人毛を使う所もあるというし」

「筆などの消耗品には勿体無いです。神殿の祭壇に飾りましょう。断髪式として国を挙げて式典の場を設けてもいい…」

「おい、何を言っているランス?」

「自由にしろと言ったのはレイ様です。それ相応に対処させていただきます」

「何を言っているランス?」


本気の目をして言うランスロットに、レイは焦りを覚えた。

こんなにも大事になるとは思わず、冷や汗が出る。

髪を切るだけで、何故国が動くのだ。

恐ろしい思考に陥っているランスロットはブツブツと計画を練り始めた。

もういっその事、自分で切ってしまおうと、レイはランスロットの手を握る。

突然手を握られ、ランスロットは石膏のように硬直した。

よし、今だ。

とばかりに、ランスロットの爪を拝借する。


サクっと、切れ味良く、レイの髪は切れた。

パラパラと黒髪は床に落ちる。


「ー!!!!!」

「おぉ、いい感じ」


言葉を無くして驚愕するランスロットをよそに、もう反対もざっくり。

竜族の爪は素晴らしいほど、良い切れ味だった。


レイの髪は肩より短くなり、信じられないものを見たランスロットは、蒼白して震え出した。

この世の終わりのような顔をしている。イケメン台無しだ。散切りなので整えて欲しいが、今のランスロットに言葉が通じるだろうか?


「おーい、ランスロットさん?おーいおーい」

「ーーー!!!!!!」


そのまま、ランスロットはその日ショックで言葉を発せなかった。

その日から手には分厚い革の手袋がされ、よっぽどの事がない限り、それは外される事はなかった。


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