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01.

 レイ・フォン・ファルセンは朝の日差しで目を覚ました。日差しといっても、高い天井の小さな窓から差し込む僅かな日差しである。

眠い目をこすりながらベッドから出て、部屋の隅にある水道で顔を洗った。

魔石に僅かな魔力を注ぐと、水が出る。流れ出る水は、外の気温を表すように冷たかった。

今の時期は冬になったのだろう。部屋の気温は魔導装置で管理され一年中変わらないが、天窓の外から僅かに聞こえる風音が冬の到来を感じさせる。


鏡の無い部屋の中でも、身嗜みは気を配る。ノックと共に現れる唯一の人間との対面の為だ。


いつも決まった時間にノックが聞こえる。

時間感覚が狂わないのは、彼の訪問のお陰だろう。


「おはよう、姉さん」

「おはようアル」


レイの弟、アルフレッド・フォン・ファルセンはいつものように貼り付けた笑顔で部屋に入ってきた。

レイは思う。

自分がここに入れられて17年。

毎日飽きもせず、一日も忘れることなくここにやってくる彼は、なんて姉想いなのだろうかと。



アルフレッドは、持っていた朝食をテーブルに置いた。今日はパン一切れとスープ。

貴族として名高いファルセン家にとって、残飯のような食事でも、それしか知らないレイにとってはいつもの朝ご飯だった。


「今日は早起きだね」

「起きていないと、アルはすぐに悪戯するからね」

「ふふ、姉さんは警戒心が強いね」


そうアルフレッドはクスクスと笑う。

最近、寝ている間にアルフレッドがベッドに入り込んで悪戯をする。寝起きに弟のドアップがあり、驚いて飛び起き頭をぶつけたのは記憶に新しい。



 17年前。レイとアルフレッドは双子の姉弟として、このファルセン侯爵家に生まれた。

しかし銀髪と青い瞳のアルフレッドに対し、レイは漆黒の髪と瞳で生まれた。

代々銀髪の家系に生まれた異端児。


この国において、黒髪は不吉とされている。


産まれたのがレイ一人ならば母親の浮気を疑われただろう。

しかし同じ日に産まれた双子の姉弟は、父と母に似た顔立ちで紛れもなく愛する我が子であった。

この国において黒髪の子は生まれて直ぐに死刑となると法律で決まっていた。

母は泣きながら子供を守ってほしいと父に訴えた。父は家族愛の深い人だった。母の哀願を受け入れ、王命に逆らい、生まれた我が子を隠して育てる事を決めたのだ。

屋敷の外れにある塀に囲まれた一角の塔。屋敷の使用人も知らない鍵の掛かった部屋に、レイは17年間過ごしている。



自分の境遇は、幼いながらに父と母に聞いた。決して自分を捨てたわけでなく、愛された結果なのだと理解した。

それを証明するように部屋には一人で過ごすには十分な魔法器具が揃えられており、狭いながらもここで生きていくことは可能だ。

今ではほとんど会いに来ない両親に代わり、双子の弟であるアルフレッドは毎日世話をしに会いに来てくれる。

恵まれている。

そう疑わずにレイは17年ここで生きている。


朝食を取るため、レイは椅子に座った。

アルフレッドも向かいの席に座る。

一緒に食事する訳ではないが、物を食べる姿を見るまでアルフレッドは部屋を出て行かない。きっと食べずに餓死されると困るからだろう。

少しぬるくなったスープを口に運ぶ。優しい味が喉を通る。

外に出たことのないレイの身体は筋肉が極端に少なく、日差しを知らない肌は、漆黒の髪に反して透き通るように色白い。

細い首筋をアルフレッドの手によって毎日手入れされた黒髪が艶やかになぞる。


対してアルフレッドはここ数年で随分逞しく成長している。身長はレイよりも頭一つ分は高く、剣術で鍛えた二の腕はしなやかに引き締まっている。

鏡がないので自分と直接比べられないが、双子とはいえ今では顔付きもだいぶ変わったのだろう。双子として生まれた姉弟は、年月を経て対称的に成長した。


「今日の調子はどう?」

「毎日変わらないよ」

「そう。あ、そういえば姉さんが以前欲しがっていた本を持って来たよ。研究所の友人が初版を持ってたから譲ってもらったんだ」


アルフレッドは食事と一緒に持ってきた袋から、分厚い書物を取り出した。それは魔道具研究の先駆者である今は亡きブラウンズ博士の論文だった。


「すごい!この本は発行部数も限られてるのに…しかも初版だなんて、こんな貴重な物よく譲ってくれたな!ありがとうと伝えてくれ!」

「姉さんが喜んでくれて良かったよ。だけれど相変わらずマニアックな本が好きだね。研究所でその名前を出したら友人に怪訝そうな顔をされたよ。危うく魔道具の歴史を長々と語られるところだった」

「す、すまない…迷惑をかけた」

「別に、姉さんの為ならなんてことないよ」


そう言ってアルフレッドは目を細めた。


レイにとって、この閉鎖空間での唯一の楽しみは読書だった。

学校に通えない代わりにと部屋に置かれた教材は、全て熟読してしまう多大な時間がレイにはあった。

教材の中にあった興味のある内容を調べたくて専門書が欲しいと話したのが7歳の頃。

今では部屋の壁は本棚で埋め尽くされ、小さな図書館のようになっている。


「アルは、学校はどう?」

「あと一カ月で卒業だよ。卒業後は家督を継ぐために本格的に父の仕事を手伝うことになる。今までも少しづつ手伝ってたけど、大変で嫌になっちゃう」


そう言いながらも、アルフレッドは全く嫌そうな顔をせず、レイに向けて笑顔を見せる。

18歳になれば立派な成人で、やがてアルフレッドは正式なファンセル家の侯爵を継ぐ。


アルフレッドは腕時計を見て、ゆったりと立ち上がる。学校の時間なのだろう。

食べ終わった食器を持って、アルフレッドは去っていった。


自分の存在は使用人にも極秘だ。だから食事は毎日アルフレッドが持ってくる。使用人に隠して17年欠かさずレイの元に訪れる弟には感謝しかない。


だが、最近思うのだ。


外に出られない。存在すら許されない自分は17年も生きてきた意味はあるのだろうか。

これから先、生きる意味はあるのだろうかと。



先程アルフレッドが持ってきた本を手に取る。

世の中の情報は、アルフレッドとの会話と、ここにある本からしか得られない。

学校にいけないレイではあるが、学校の教本はアルフレッドからお下がりで貰い、全て理解している。

読み書きはもちろん、他国の言語や数学、物理学や生物学も理解している。


勉強が好きな訳ではないが、何もないこの空間において、時間だけが有り余っている。だから知識を得る事は、レイにとって無駄に長い時間を使える唯一の方法だった。


「魔導装置の論文。これはまた面白そうだな」


ポットにお湯を入れ紅茶を入れる。魔道具で簡単に沸かせるお湯と茶葉だけは常備されているのだ。

だが食料はそれだけで、ここには調理器具もコンロもない。

ある程度の食料とキッチンが備え付けてあれば、アルフレッドが毎日来なくても、自炊をして生活できるのに。


それを以前言ったら、アルフレッドはたちまち不機嫌になった。何が気に障ったのか分からないが、背筋が凍るほど目を冷たくし無言で去ってしまった。

簡易キッチンなら工事しなくても魔道具ですぐに設置できると本にあったが、魔道具の値段まで知らなかった。きっと贅沢なお願いだったのだろう。


ベッドに再び入り、クッションを背に読書の体勢に入る。

こうして、レイの1日は終わるのだった。


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