「断わるとは言わせねえ」横暴な彼は私の涙を舐めたもふもふだった
「いい天気だね」
私は膝の上で丸まり気持ち良さそうにあくびをするもふもふを撫でながら空を見上げる。
「ミャー」
涙が溢れないように見上げていた空は次第に滲んでもう見えない。目を瞑る。頬を伝う温かい雫を拭うことはせずただ感じていた。
私は今日、婚約を破棄された。
学園の、みんなの前で私の婚約者は新しい恋人を連れお前はもういらないと私に告げたのだ。
彼のことが特別好きだった訳ではない。
ただ、いらない存在だと言われたことが虚しかった。
周りのみんなの私を哀れむような目が悔しかった。
「はあ」
盛大なため息を吐く私にもふもふは膝の上から起き出し私の頬をペロリと舐める。
「慰めてくれるの?」
「ミャー」
「君は優しいね」
私はそのままもふもふの両脇を抱えお腹に吸い付くと思い切りもふもふした。
「ミャー!!」
少し嫌がっているようにも思えたが私はかまわずもふもふし続けた。
ーーーーーーーーーー
私が婚約を破棄されてから二年、今日学園を卒業する。
私に婚約破棄を告げた元婚約者と恋人はあの後いつの間にか学園を去っていて、私は穏やかな学園生活を送ることができた。
だが、その学園生活最後の日穏やかではない状況に置かれている。
「今日から俺の恋人になれ」
はい?
学園の裏庭を歩いていると急に目の前に現れた男子生徒に突然そんなことを言われた。
彼のことは知っている。この学園唯一の公爵家の子息レオナルド様だ。けれども在学中一度も同じクラスになったことはないため一切関わりはない。
「すみません。お断りします」
「俺のこと! 好みだって言ってただろ!?」
いや、そんなこと言った覚えはない。
「格好よくて、背が高くて、公爵家の男がいいって!」
まぁ確かにそれは言ったかもしれない。友人に好みの男性を聞かれ、次に婚約するならどんな男性がいいか適当に答えた。
そして目の前にいるこのレオナルド様も確かに格好よくて背が高くて公爵家の男だ。
私としてはあり得ない条件を適当に並べただけだったが。
「俺の何が不満なんだよ!」
あなたのその威圧的な性格です。とは男爵家の私は口が裂けても言えない。
「不満だなんてとんでもないです。私たちお互いのことそんなに知りませんし」
「俺はお前のこと知ってる」
ん?どうして?話すのは初めてですよね?
もちろん存在くらいは知ってますけれども。いきなり恋人になれなんて言われるほど知った関係ではない。
「なぜ……私を?」
「レオンがお前に懐いてるから」
レオン?誰だそれは。レオンなんて知り合い私にはいないはず。
「レオン様? とは?」
「猫だ」
猫…………ああ、数年前からこの裏庭に住み着いている野良猫か。
いつもエサをやったり一緒に日向ぼっこしたりしている。
私の言葉がわかっているのか話かけるとミャーと返事をしてくれるし、落ち込んでいるとすり寄って慰めてくれる。
腹を撫でてあげると気持ちよさそうな声で鳴くし、顔をすりすりすると私の頬をぺろりと舐めてくる可愛い猫。
そう言えばレオナルド様の髪はブロンドのふわふわの短髪で、あの猫の毛並みとよく似ている。少し切れ長の瞼も澄んだブルーの瞳も同じだ……
「え……」
レオナルド様は視線を反らし、さっきまでの威勢の良さはどこにいったのか顔を赤くしてこめかみをカリカリと搔いている。
ああ、この仕草も同じだ。
私はレオナルド様に近づくといつも猫にしているように頭をわしゃわしゃと撫でる。
するとレオナルド様は私の腕を掴み勢いよく引っ張るとギュッと抱きしめた。
「えっと……レオン様?」
「今はレオナルドだ」
「すみません」
「断るとは言わせねえ」
「はい」
「わかればいい」
その横暴な言葉とは裏腹に、優しく包まれているような感覚と嗅ぎなれた匂いに私はもう彼から逃げられないのだと悟った。