93
あれこれと根回しをしてる間に、グレースの者たちが国に入った頃になった。
今回はラナはグレースに残るとは聞いてはいるが、国境を超えて逃げる度胸のある子だから大人しくしていられるのだろうかという不安はある。
あるが、ラナがちゃんと大人しくしていられるかはジゼルに任せるしかないのがもどかしい。
グレースの者たちが入ったら、ミーヌが王都に手引きする手はずになっている。その間に従姉妹殿のご機嫌伺いを何度か申し込んでみたけれど、それは全て断られてしまった。
理由はこちらには教えられないとのこと。従姉妹殿の侍女を買収して情報を得ようとしてみても、彼女たちも従姉妹殿の居室に入れないとのことだった。
入れるのは陛下の近衛と一部の人間だけとか。
さすがに陛下の近衛は買収することはできない。近衛の他の者についての情報を得ようとしても情報規制がかなり厳しい。
仕方ないので、従姉妹殿のことは諦めて陛下と従兄弟殿のところへ行く。
陛下はいつも通りだったが、従兄弟殿は用事があるとかで出払っていて、何度行っても留守だった。
陛下から従姉妹殿について情報を得られないかと探りを入れてみたが、何度行ってもあっさりと流されてしまう。
いつも私が、従姉妹殿についてあまり興味を持っていなかったから、それ以上聞くのも変に思われる可能性もあり、それ以上聞けなかったのも口惜しい。
だが、それでも私に何か出来ることがあるはずだと、国内の地図やらを引っ張り出して来て、怪しいところがないかと調べ回っている。
「ラフォン様そろそろ休憩なされては?」
「あ、ああ、すまない」
いつの間にかミーヌが戻って来ていたらしい。ミーヌがお茶の用意をしているのを横目にずっと書類を見て疲れた眉間を揉みほぐす。
ここのところ書類とにらめっこしていたから休憩を提案してくれて助かる。
「そちらはどうだ?」
「順調だと思いますよ。ただ、姫の動向が分からないのが気がかりですけど」
「それは私もだ。だが、彼女に会えない以上は何も出来ないのだから仕方ないだろう」
「そうですね」
ため息を吐きたくなるが、それをしたところで状況が変わる訳でもない。
ぐっと我慢してもう一度眉間を揉みほぐす。
「ゼランの方はどうなってる?」
確かあいつには城内の者にそれとなく情報を聞き出すようにと伝えたはずだが、上手く行っているのか?
「疑われないように動いてるので、あまり進んではないようですが、少しずつ情報を集めています。それでなんですが、姫の婚姻の話が延期になったらしいです」
「延期?」
はて、陛下はそんなこと一言も言ってなかったが、本当に何があったのやら。
そっちも調べておくように頼みもう一口飲んで仕事に戻った。
そんなことを続けていたある日陛下に呼ばれた。しかも私的に。
いつもなら私のことは興味あるのかないのか分からず、ただ、息子と競わせるための道具としてか見てなかったはずなんだが?
成人してからはまた違った見方をしているようだが、それがどういう算段なのかは私には分からない。
ただ、陛下の機嫌を損ねると厄介なので、適当に話をして戻って来るか。
侍従の案内で陛下のところに向かえばつまらなさそうな顔をした陛下が待っていた。
顔は従兄弟殿を五十代ぐらいにしたような。それなのに、服は若者のそれ。しかも普通のものよりも宝飾品の多い。派手なのがいいと思っているのだろうが、グレースの王と見比べると痛々しくすら見える。
「久しぶりだな」
「そうですか?」
侍女がお茶を淹れるのを待ってから返事をするが、陛下が私のことを気に掛けるだなんて珍しい。
「二人は?」
「いつも通りさ。もう、朕とは一緒にお茶をしたくはないのだろう」
「そんなことはないのでは? 私はこうして呼んでいただけて光栄ですよ」
適当に話を合わせているが、従兄弟殿たちがいないのならば来る意味はなかったかな。
従兄弟殿自体は邪魔だからいなくてもいいが、従姉妹殿が何を考えているのか知りたかったのだが、この様子では陛下も知らなさそうな感じか。
しかし、他の国の祝福持ちたちを秘密裏に拐っている方だ。もしかしなくとも、私のことを試している可能性もある。油断は禁物だ。
この後も当たり障りのない話が続くので、何度か帰りたくなったが、まだ情報を得られていない。
せめて一つぐらいは有益な情報をとは考えているが、この分では今日も無駄足だったな。
そろそろ帰るか。
「──そういえば、ラフォンはいくつになった」
「え? 18、いえ、19ですけど」
「まだそんな年だったのか? お前は貫禄があり過ぎやしないか?」
「そうですかね?」
ちらりと視線を移せばゼランが頷いているのが見えた。
後であいつにどういうつもりで頷いていたのか問おうか。どういった反応をしてくれるか楽しみだ。
「それで、私の年齢がどうかしましたか?」
「いや──そろそろかな」
「は?」
意味が分からなくて聞き直そうとしたのに、それよりも早くゼランのいた方ですごい音がした。
何だと振り返ろうとしたのに、くらりと視界が揺れた。
急に立ち上がったせいで目眩でもしたのか?
いや、それにしてはいつまでも目眩が続くような。
この人の目の前で倒れてしまえば、後で何を言われるか分かったものではないのに、段々と体の力が抜けて行く。
「な、」
「大丈夫か?」
「は、いえ……」
大丈夫だと答えたいのに、上手く呂律が回らない。もしかしてと陛下の顔を見ればニヤリと笑っている。
毒か。
私がグレースへ向かったことはこの方に知られていて、それなのに今まで知らん顔していたのか。
私を泳がせて何か情報を引き出すつもりだったのかもしれないが、私は何も言うつもりはない。
まだやらなければならないのに、こんなところで倒れる訳にはいかない。だというのに、体がいうことをきかずにズルズルと倒れ込んで行く。
「お前も確か祝福持ちだったな。何の祝福だったか……」
私の祝福は両親が隠すべきだとの考えで隠されていた。そのため幼い頃からミーヌがずっとそばにいたのだから、この人は私の祝福を知らないはず。それに、祝福持ちたちを集めているのだから、最悪捕まって拷問されるぐらいだろう。
命があるだけマシだ。薄れゆく意識の中でラナとユリアの顔が浮かんだ。
そして、倒れたことで視界に入る外の景色はいつぞやグレースで見た空の青さとは違った色だった。
この日以降、城内でラフォンの姿を見た者はおらず、ラフォンの従者のミーヌの姿も城から消え、ゼランとセリーヌは王族を騙った罪で処刑された。