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「決まったのかね」
「ええ、大変お待たせいたしました。……正直今でも迷いはないかと言われれば、未だに戸惑いはありますが、しかし、ラナも自分がするべきことを決めています。それなのに、大人である自分がいつまでもうじうじしている訳にはいきません。彼女たちのような若い世代に見本を見せるべきだと考えれば、このまま問題を放置する訳にはいきません。あの国の膿を全て取り除くべきだと判断し、私は皆様方に協力することにします」
「なるほど。君の考えは分かった。ところで、君が手本を見せるべき大人なら私は引退するべき歳かね?」
「さあ、その辺のことは……」
私にはその辺りのことは答えられない。どう答えるのが正解なんだろうかと答えあぐねてまわりを見回せば、ジゼル含む数人が頷いているので、この国の陛下は私の国の陛下とはまた別の方に中々厄介な性格をしているのかもしれないな。
彼らの反応を見る限り、その辺のことはあまりつつかない方がいいだろう。下手につついてこちらにまで飛び火されても、今の私には何も出来ないのだから。
辺りを見回した時にジゼルがいたのを見つけたが、ラナはいなかった。
多分今日の集まりには参加していないのだろう。
ラナがいない理由は聞いてないが、いないのなら別にいい。いたいけな少女には聞かせられない話もあるかもしれないのだし。いなくてよかったのだろう。
とりあえず、私は自分の思いを吐き出した。この場にいる全ての人間が私のことを信用してくれるとは思わないが、それでもいい。私はあの笑顔を守るために、やるべきことをするだけだ。
「私は今の国の状況が正しいとは思えません。ですから、私にも出来ることをやらせてください」
「そうか、それならば協力してもらえるかね」
「私の出来る範囲でならいくらでも協力いたしましょう」
「ああ、うちの者を手引きしてもらえると助かる。それと、君の知っていることを全て語ってくれるかな」
「私の知っていることなどタカが知れてますが……出来ることはさせていただきます」
グレースの王が先に何か言っておいてくれたのか、私の返答を聞いても、こたらの官僚たちから特に反対意見が出ることもなく、話が進んで行く。
それはありがたいのだが、てっきり反対されるだろうと思っていただけに肩透かしを喰らった気分だ。だが、話が簡単に進めばお互いにいいことなのだろう。私から何か言うなれば必要もないので、そのまま彼らの質問に答えて行く。
私の分かる範囲のことなんて、彼らが祝福持ちたちが拐われ始めた時から集めた知識と比べれば、大したことはないだろうが、それでもあれこれと質問が飛んで来る。
祝福持ちたちを拐う理由なぞ、私もこちらに来るまで知らなかったことなので、その辺りのことは答えられないが、それ以外のことは出来るだけ答える。
あれこれ答えている間に時間はあっという間に飛んで行き、朝に始まったこの会議はあっという間に夜になってしまった。
これから彼らの手の者を手引きする話まですると徹夜か。グレースの人々からも疲労の色は見て取れるが、誰も引こうとしているのは、皆それだけ力を入れることだからなのだろう。
彼らの悲願のためにも私が弱音を吐く訳にはいかない。
ゼランとミーヌにもあれこれと質問が飛び、それに四苦八苦しながら返事をするのを横目に見ながら私も同じようになっているんだなと思うと笑いがこみ上げて来そうになるが、今は笑っている暇なんかない。
結局徹夜どころか、次の日の昼になっても終わらずに、途中休憩を挟みながら話を進めて、なんとか形になったのは一週間後だった。
グレースの人たちは普段の執務も行っていたみたいで、私よりも疲れた顔をしていたが、彼らの顔には少なからず、期待に満ちた顔をしている者たちもいる。
この顔を見れば、彼らの期待を裏切る訳にはいかないと言う気持ちと、今まで一緒に過ごした景色が脳裏を過る。
だが、私は国を裏切ると決めた。
彼らのことが頭をちらつくが、彼らのことは一旦全て忘れなければこんなこと早々出来る訳がない。
陛下の暴動を見逃していた方が状況を悪化させる。彼らにもいつか理解してもらえると信じて今は行動するのみだ。
理解してもらわねば、戦争になるかもしれない。そうなったら一番困るのは何も知らなかった民だ。
彼らの暮らしまで台無しにさせる訳にはいかない。
話し合いはまだ終わらないが、一旦休憩のためにその場を離れるとグロリアを見かけた。
グロリアは今回の話し合いには参加していないみたいで、私をこの国へ案内することだけが仕事だったのだろう。
だが、その割にラナに会いに行こうと積極的に誘って来たのは、彼女なりの優しさだったのか。
声を掛けようかと悩んだものの、グロリアは私に気付かず、すぐにどこかに行ってしまったため声を掛けられなかった。
「ラフォン様、そろそろ」
「ん。もうそんな時間か。では、行こうか」
今日の空も昨日のように青い空が広がっていた。